『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.484

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降りる天氣で、僅かに北の風が吹いていた。, 紙一通を通詞ジョン及びマティンガからの手紙二通とともに受取った。, た。こうして今晩はミアコに到著したが、今日は一〇リーグ進んた。, 一六一八年十二月, 一日今朝は寒い靜穩な天氣であった。終日乾燥した天氣で、また夜分も同樣であり、霜の, るよう招き、そして我々のために饗宴を開いた。それ故私は彼にイチェボ一枚、また使用人た, の席を設けて呉れた。それ故我々はオウツで午餐を攝り、そしてイチ〔ェボ〕一枚とジン二〇〇, 私は平戸からエド・セイヤーとジョン・オスターウィックからの平戸發十月二十二日附の手, 文を宿に、また使用人全體にジン三〇○文を支拂った。またオウツとミアコの間では、二つの, クーサッツを通過するさい、我々の定宿の主人は彼の息子を使いに寄越して、彼の家にはい, 別々の場所でそれぞれ、スケンゴロー殿とマキー殿が饗宴の料理を携えて我々を出迎えて呉れ, 〕が我々のために宴, 私は平戸からトメ殿の息子を通じて三通の手紙を受取った。すなわち、一通はセイヤー君と, 〓の親族の者, 〔ミアコ〕の定宿の主人マガモン殿, ちにジン一〇○文を與えた。またオウツの手前二リーグのところにあるセッ。ト〓〓, では我々の, (cousattes), ○十二月三日及び五, 日の條により補入。, 當り、わが元和四年十月二十五日に始まり十一月二十五日に及ぶ。, ○新暦では一六一八年十二月十一日より一六一九年一月十日までに, 左衞門, ○伊丹屋孫, ○瀬, 京都に到著, 伊丹屋孫左, 衞門の親族, を携へて出, 平戸より來, 迎ふ, 料理を携へ, の子息上京, ジョアン留, 蒔繪師料理, て出迎ふ, 助五郎及び, 瀬田, 信, 草津, 大津, す, 四八四

割注

  • ○十二月三日及び五
  • 日の條により補入。
  • 當り、わが元和四年十月二十五日に始まり十一月二十五日に及ぶ。
  • ○新暦では一六一八年十二月十一日より一六一九年一月十日までに
  • 左衞門
  • ○伊丹屋孫
  • ○瀬

頭注

  • 京都に到著
  • 伊丹屋孫左
  • 衞門の親族
  • を携へて出
  • 平戸より來
  • 迎ふ
  • 料理を携へ
  • の子息上京
  • ジョアン留
  • 蒔繪師料理
  • て出迎ふ
  • 助五郎及び
  • 瀬田
  • 草津
  • 大津

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  • 四八四

注記 (43)

  • 419,614,56,1050降りる天氣で、僅かに北の風が吹いていた。
  • 836,619,61,1702紙一通を通詞ジョン及びマティンガからの手紙二通とともに受取った。
  • 1044,626,60,1640た。こうして今晩はミアコに到著したが、今日は一〇リーグ進んた。
  • 673,693,69,502一六一八年十二月
  • 515,683,66,2210一日今朝は寒い靜穩な天氣であった。終日乾燥した天氣で、また夜分も同樣であり、霜の
  • 1668,630,65,2281るよう招き、そして我々のために饗宴を開いた。それ故私は彼にイチェボ一枚、また使用人た
  • 1355,625,67,2276の席を設けて呉れた。それ故我々はオウツで午餐を攝り、そしてイチ〔ェボ〕一枚とジン二〇〇
  • 935,666,65,2237私は平戸からエド・セイヤーとジョン・オスターウィックからの平戸發十月二十二日附の手
  • 1250,612,67,2283文を宿に、また使用人全體にジン三〇○文を支拂った。またオウツとミアコの間では、二つの
  • 1773,693,66,2202クーサッツを通過するさい、我々の定宿の主人は彼の息子を使いに寄越して、彼の家にはい
  • 1145,624,66,2274別々の場所でそれぞれ、スケンゴロー殿とマキー殿が饗宴の料理を携えて我々を出迎えて呉れ
  • 1457,2358,63,551〕が我々のために宴
  • 309,672,62,2227私は平戸からトメ殿の息子を通じて三通の手紙を受取った。すなわち、一通はセイヤー君と
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