Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
り堺からなり平戸へ向けて送るためであって、この目的のために我々の大坂の定宿の主人と堺, いた。また私は平戸へ向けて四通の手紙を書いた。すなわち, 崎から出るジャンク船に托してシャムへ向け送って貰うもので、文面はニールソン君宛, 一通はイートン君及びエドモンド・セイヤー君宛てのもの。, 松脂もともに、もし入手される場合は三〇○ないし四〇〇ガントの魚油を添えて、大坂からな, これらの手紙を總べて私は七ピコルの松脂とともにシンダ殿に托して送ったが、これは手紙も, てに作成された寫しのなかに見える通りであり、しかも、この手紙は昨日附である。, の定宿の女主人とに宛てて二通の手紙を書いた。, 一通はトットン君とバージズ君宛てのもの。, その場で我々はコジキン殿及び評議會の總べての殘りの人々に逢った。彼等は皇帝とともに江, そして第四番目はジョン・ジョンソン君及びリチャード・ピッツ君宛てのものであり、長, 一通はニールソン君とオスターウィック君宛てのもの, 戸へ向け出發する準備を終えていたが、彼〓, において午餐を攝る豫定になって, はオウツ, ○大英圖書館所藏コットン文書第三帙第一三, 號の十月一日附、二日伏見發信のコックス書, ○大, 津, シソンの選擇(hodgson's choice)に迫られている」と述べている。ホジソンはホブソンhobsonの誤記で, 状であり、コックスは長崎削除の幕命に言及し、「彼等の與える特許を甘受するか又は何も得ずに居るかのホ, 馬屋の名。, ンドンの貸。, )皇, 松脂魚油も, 共に平戸に, 送致すべし, 某に托して, 大坂に送る, 平戸へ書状, を堺の船頭, に向ふ, 寄等に暇を, 之ふ, 秀忠伏見を, 出でて大津, 一六一七年十月, 一一六, (32オ)
割注
- ○大英圖書館所藏コットン文書第三帙第一三
- 號の十月一日附、二日伏見發信のコックス書
- ○大
- 津
- シソンの選擇(hodgson's choice)に迫られている」と述べている。ホジソンはホブソンhobsonの誤記で
- 状であり、コックスは長崎削除の幕命に言及し、「彼等の與える特許を甘受するか又は何も得ずに居るかのホ
- 馬屋の名。
- ンドンの貸。
- )皇
頭注
- 松脂魚油も
- 共に平戸に
- 送致すべし
- 某に托して
- 大坂に送る
- 平戸へ書状
- を堺の船頭
- に向ふ
- 寄等に暇を
- 之ふ
- 秀忠伏見を
- 出でて大津
柱
- 一六一七年十月
ノンブル
- 一一六
- (32オ)
注記 (39)
- 393,602,58,2288り堺からなり平戸へ向けて送るためであって、この目的のために我々の大坂の定宿の主人と堺
- 1547,617,54,1454いた。また私は平戸へ向けて四通の手紙を書いた。すなわち
- 810,768,61,2125崎から出るジャンク船に托してシャムへ向け送って貰うもので、文面はニールソン君宛
- 1441,740,58,1416一通はイートン君及びエドモンド・セイヤー君宛てのもの。
- 496,600,60,2290松脂もともに、もし入手される場合は三〇○ないし四〇〇ガントの魚油を添えて、大坂からな
- 601,608,62,2283これらの手紙を總べて私は七ピコルの松脂とともにシンダ殿に托して送ったが、これは手紙も
- 705,771,61,2036てに作成された寫しのなかに見える通りであり、しかも、この手紙は昨日附である。
- 292,609,56,1153の定宿の女主人とに宛てて二通の手紙を書いた。
- 1025,735,54,1030一通はトットン君とバージズ君宛てのもの。
- 1753,612,59,2281その場で我々はコジキン殿及び評議會の總べての殘りの人々に逢った。彼等は皇帝とともに江
- 915,722,62,2168そして第四番目はジョン・ジョンソン君及びリチャード・ピッツ君宛てのものであり、長
- 1337,731,58,1290一通はニールソン君とオスターウィック君宛てのもの
- 1646,610,71,1049戸へ向け出發する準備を終えていたが、彼〓
- 1647,2035,62,851において午餐を攝る豫定になって
- 1659,1730,42,202はオウツ
- 1359,2022,47,866○大英圖書館所藏コットン文書第三帙第一三
- 1315,2025,46,866號の十月一日附、二日伏見發信のコックス書
- 1677,1949,44,83○大
- 1636,1945,41,50津
- 1214,778,48,2095シソンの選擇(hodgson's choice)に迫られている」と述べている。ホジソンはホブソンhobsonの誤記で
- 1258,775,47,2117状であり、コックスは長崎削除の幕命に言及し、「彼等の與える特許を甘受するか又は何も得ずに居るかのホ
- 1115,770,43,188馬屋の名。
- 1160,776,40,236ンドンの貸。
- 1680,1671,42,60)皇
- 512,328,38,214松脂魚油も
- 467,328,39,208共に平戸に
- 422,326,41,213送致すべし
- 1445,334,40,203某に托して
- 1398,330,43,215大坂に送る
- 1529,334,43,210平戸へ書状
- 1487,334,39,210を堺の船頭
- 1587,336,40,120に向ふ
- 1769,333,44,215寄等に暇を
- 1726,335,37,80之ふ
- 1674,333,41,213秀忠伏見を
- 1631,335,41,213出でて大津
- 1868,834,45,284一六一七年十月
- 1862,2560,43,109一一六
- 888,558,89,31(32オ)
類似アイテム

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 4 訳文編之上 元和1年5月~3年6月 p.466

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 6 訳文編付録(上)元和5年1月~9年11月 p.88

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.858

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 6 訳文編付録(上)元和5年1月~9年11月 p.85

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 8 訳文編之3 弘冶1年11月~永禄2年11月 p.180

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 4 訳文編之上 元和1年5月~3年6月 p.731

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 6 訳文編付録(上)元和5年1月~9年11月 p.84

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.161