『大日本史料』 12編 3 慶長十年三月~同十一年三月 p.537

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大姉之肖像、, も廢寺となりたれは、何處にやあらん、夫人の讀めるうた, は養育せよと申されたり、是即湘南和尚なりといふ, けたり, 夫人も公と同しく國師の教を, 道歌數首を咏して、國師に示せるを、國師奧書して返されたり、その草稿は、, 罵劉〓磨、瞞瀉山禪、方砲圓頂、顯實開權、深怖苦報、夙修善縁、打破業鏡、大用, 受けて、此道に邃かりしことは、左に掲くる道歌を見て知るへし、或時、夫人, 文みる、このほとはしゆへんに御心もしさ、おしはかりるゝ、あすはとく, 近き頃まて大通院に存せしこと、舊藩士の記録に見えたれと、今は大通院, 元和四稔戊午孟秋吉辰前正法單傳拙叟書焉印, 現前、〓、娘生面目不遮掩、明月清風一色邊、咄、賛見性院殿瀉宗紹劉, にてはいかゝ思はれけん、されとも之を拒むへきやうもなけれは、しから, 大通公の南化國師に歸依して、禪學に心を用ひられたることは、上文に掲, 一豐夫人肖像贊〕, 山内文書, タリ、故二略ス, 慶長九年十年記録切ニ見エタリ、, 見性院御書, ○侯爵山内豐景藏, ○上文今略ス、コノ事上二引用セ, ○歌ハ前二見, 内豐景藏, ○侯爵山, ○中, 略, 夫人ノ信, 夫人ノ書, ノ贊, 一豐及ビ, 仰, 夫人肖像, 状, 慶長十年九月二十日, 五三七

割注

  • タリ、故二略ス
  • 慶長九年十年記録切ニ見エタリ、
  • 見性院御書
  • ○侯爵山内豐景藏
  • ○上文今略ス、コノ事上二引用セ
  • ○歌ハ前二見
  • 内豐景藏
  • ○侯爵山
  • ○中

頭注

  • 夫人ノ信
  • 夫人ノ書
  • ノ贊
  • 一豐及ビ
  • 夫人肖像

  • 慶長十年九月二十日

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  • 五三七

注記 (35)

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