『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.414

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一於寺邊新造庵室堅可制之事とあり、仍之、鉦鼓を鳴し高聲念佛する事は, く、皆麻の衣、黒染の袈裟也、寛永年中、大猷院樣、大徳院の内におゐて、大權, 一踊念佛同可停止事、萱堂外, 頂を受眞言の傍機となる、然に、此時節まては、猶時宗の遺風にて、老若な, 事を恨みて、終に公儀え嗽訴して、非事吏方の衣躰、法儀の格式を定め給, き由、嚴重に命せらる、非事吏等辭する事能わす、終に念佛門を出て、始て, 現樣台徳院樣の御佛殿を御建立ありしより以後、厚澤外に沾ひ、奢侈内, 密家に入、元和寛永の頃ゟ、結縁のためとて、學侶に隨ふて加行を修し、灌, やむといへとも、其宗旨におゐてはあらためす、爰に慶長年中、東照神宮, ん事を願ふ、爰におゐて、一山古今の法令、學侶行人非事吏の品、委細に考, 非事吏を二條の御城に召させられ、眞言取上の山に住して、念佛の異行, を雜る事甚然るへからす、自今以後は、堅く時宗を捨て、眞言に歸入すへ, に萠して、都て法衣の質素成を耻、法事の心にまかせて執行せられさる, 一高聲念佛金叩負頭陀、一向可停止事, 敷して、御條目を定め給ふ、其品皆非事吏は行人より一等劣れり, ○下, 略, 家康非事, 吏ヲ改宗, セシム, ノ格式ヲ, 非事吏方, 定ム, 慶長十一年九月是月, 四一四

割注

  • ○下

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  • 家康非事
  • 吏ヲ改宗
  • セシム
  • ノ格式ヲ
  • 非事吏方
  • 定ム

  • 慶長十一年九月是月

ノンブル

  • 四一四

注記 (25)

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