『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.806

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大君淨土門は御代々の御宗門たるを以て御取立被下, 香の規式、宗制によりて嚴重なり、, 一人へ仰付られ、再興を命し給はゞ、兩所の光榮、祖先の遺風末代に傳へ、ひ, 林十八員の其一に列し、諸堂の建制日を追て構を大にす, 送、御法會執行はせられ、諸宗諷經も相すみてのち、御遺骸を江戸に御送ら, せるゝの時、水野日向守、松平隱岐守以下御供にて、當所大塚町に於て御火, 葬あり、今其所に智香寺、光岳寺を建させられ、當山の末寺とす、此時御法會, とへに御恩敬を仰き奉るへしとありしかば、神君默受したまひ、翌年松平, に及はせられ、住持は三縁山主兼帶として、御忌日には國師乘輿の禮念、拜, を開かせられ、増上寺觀智國師御導師をつとめらる、于時國師奏請すらく, 大隅守、伊奈備前守等へ仰付られ、當山を吉水より此地へ引移され、御建立, を御取立下され、寺地を引て跡き御寵室の御, の御菩提の御爲に、此庵, 慶長十三年、初て國師の上足正譽廓山上人を以て當山の中興第一祖と定, めさせられしかば、三縁山より入院ありて、所化等をかの山よりわかち、檀, 大君今御尊母, ○中略、水野氏逝, 去ノ事ニ係カル、, ○聖, 〓庵, ○中略、傳通院十三, 囘忌ノ事二係ル、, ○中, 略, 中興ノ祖, 廓山上人, 十八檀林, ノ一, 慶長十三年九月十五日, 法殿堂舍, 八〇六

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  • ○中略、水野氏逝
  • 去ノ事ニ係カル、
  • ○聖
  • 〓庵
  • ○中略、傳通院十三
  • 囘忌ノ事二係ル、
  • ○中

頭注

  • 中興ノ祖
  • 廓山上人
  • 十八檀林
  • ノ一

  • 慶長十三年九月十五日
  • 法殿堂舍

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  • 八〇六

注記 (31)

  • 1301,628,69,1645大君淨土門は御代々の御宗門たるを以て御取立被下
  • 604,626,58,1006香の規式、宗制によりて嚴重なり、
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  • 247,626,63,1724林十八員の其一に列し、諸堂の建制日を追て構を大にす
  • 1766,626,76,2226送、御法會執行はせられ、諸宗諷經も相すみてのち、御遺骸を江戸に御送ら
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