『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.512

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目はよし、扨々伊地知大膳と云古禪門は、御家中に無隱ふる禪門なり、彼者, 内隱事なとは、見捨たらんも不苦哉、乍去我か申付候事なれは、御奉公の筋, 處に、吉井源七左衞門、濱田民部を先として、大膳事は、赤き支度さし物にて、, 者なれは、一人なり共御祕藏に思召間、横目不見付思候へ、我にたいしてゆ, 申付事人々のいかゝしく被思召候へ共、後大膳は老體なれとも、弓矢の功, 彼大膳事は、御家の忠功無限仕候而、手〓何ケ所もかうむりたる者なるか、, 太刀まつかうにさし上、其外ふみ留候て敵を追歸して、味方を助たる事有, 分表御仕迴被成、御歸城被成候而、其日とやらん翌日にて候哉、後横目を被, いかさま古疵の藥になるらん、依其かくしのみてう有らん、此たはこ御法, 若き時分福山の上にて、典厩打死被成候時者、味方敗軍にて、悉可討と存候, 若輩より方々御敵の時走迴、人に勝たる事、龍伯樣御兄弟に、彼方此方被懸, 度申付故、法度を背諸侍、いかほとも稠敷申付、戌敗の人々多分なれは、其科, 召寄、御読には、其方申上候伊地知禪門か事能承候へ、彼大膳大界の先にて、, 御目、我々も能存知の武士なるか、扨者法度やふりたる哉と計御諚にて、國, るしくれよ、御頼との御諚なり、さ有とても大膳に此儀不聞候者、若切腹す, 大膳ノ舊, 島津義弘, 功ヲ惜ミ, シ伊地知, 横目ヲ諭, 其犯罪ヲ, 赦ス, 慶長十四年七月是月, 五一二

頭注

  • 大膳ノ舊
  • 島津義弘
  • 功ヲ惜ミ
  • シ伊地知
  • 横目ヲ諭
  • 其犯罪ヲ
  • 赦ス

  • 慶長十四年七月是月

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  • 五一二

注記 (24)

  • 1699,646,60,2235目はよし、扨々伊地知大膳と云古禪門は、御家中に無隱ふる禪門なり、彼者
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