『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.668

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アナ號は、予が後に臼杵に到りたる時、該港より出帆し、サンチヤゴ號と共, に新西班牙に到著せり、予等は如此着衣少く、陸地に近づき、始め何地にあ, 地を去る二レグワの岩礁に乘り上げ、船は直に破れ、爲めに五十六人溺死, せり、殘餘のものは板子を把り、又神助により艫の一部殘りたれば、之によ, 船は堅固にして、一萬噸以上なりしも、建造不完全なるが爲め、時には柁を, ドロン諸島附近にて暴風起り、爾來九月三十日、該船難破の日に至るまで、, り天明に至りて死を免れたり、若し暗夜なりせば、皆彼所に死したりしな, 取るもの三十人にして尚ほ足らざることありき航行して日本附近に至, 日本に到ることに決せり、而して航海士五人乘船し居たるにも係らず、緯, 海上嘗つて見たることなき暴風波に遭はざる日は四日もあらざりき、該, 度を測るに一度の誤をなし、航海圖には更に二度の誤あり、船は尚ほ日本, るを知らず、或は無人島ならんと考へしに、暫くして日本人の一群來り、ア, の北端以北にありと思惟したるに、夜の十時に至りて、ユバンダの沿海陸, に達したれば、大帆柱を斷ち、, りたる頃には、船底浸水十四パルモ, らん、又最も富める者も、シヤツだも持出す能はざりき、〓由, 同航のサンタ、, ○凡ソ三, メートル, ○中, 略, 諸島附近, ニ遭フ, 二テ暴風, ラドロン, ユバンダ, 慶長十四年九月是月, 六六八

割注

  • ○凡ソ三
  • メートル
  • ○中

頭注

  • 諸島附近
  • ニ遭フ
  • 二テ暴風
  • ラドロン
  • ユバンダ

  • 慶長十四年九月是月

ノンブル

  • 六六八

注記 (28)

  • 421,662,60,2211アナ號は、予が後に臼杵に到りたる時、該港より出帆し、サンチヤゴ號と共
  • 305,660,60,2208に新西班牙に到著せり、予等は如此着衣少く、陸地に近づき、始め何地にあ
  • 890,655,60,2222地を去る二レグワの岩礁に乘り上げ、船は直に破れ、爲めに五十六人溺死
  • 774,658,58,2208せり、殘餘のものは板子を把り、又神助により艫の一部殘りたれば、之によ
  • 1589,652,62,2218船は堅固にして、一萬噸以上なりしも、建造不完全なるが爲め、時には柁を
  • 1826,656,58,2228ドロン諸島附近にて暴風起り、爾來九月三十日、該船難破の日に至るまで、
  • 658,657,58,2215り天明に至りて死を免れたり、若し暗夜なりせば、皆彼所に死したりしな
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