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船は西班牙人、今フィリッピンに於て使用せり、, 岸して難破したるなり、此際三十六人溺死し、三百四十人或は三百五十人, ハ、十三年八月六日ニ、「ロドリゴ」ノ乘レル船難破シ、尋デ、「ロドリゴ」ガ家, 同じ、此船は、主の紀元千六百九年に太守及び其部下八十人を乘せて、アカ, て難破せり、此船は暴風の爲め其大桁を斷ち、日本に向つて航海し、夜中擱, ○「ロドリゴ、デ、ビべーロ」、書ヲ幕府ニ贈リ、家康、秀忠、之ニ復書セシコト, をなせり、此距離はロンドンよりリザルド、又はランヅエンドに至ると略, 更に凡百二十噸の船一隻を造れり、予は此船にて、京より江戸まで一航海, は救はれたり、マニラ太守は、ノバスパニアに歸る爲め本船に便乘し居れ, 物を以て皇帝の厚誼を謝せり、而して皇帝の船の價は金品にて償へり、該, フランシスコといふ約千噸の大船、日本の沿岸三十五度五十分の地に於, プルコに至る爲め、皇帝よりマニラ太守に貸渡されたり、千六百九年、サン, たり、千六百十一年、太守は此船の代りに他船を送り、特使を遣し、多くの贈, り、太守は千六百十年、予が造れる大なる方の船にて、アカプルコに送られ, 予が造りたる第一の船にて、一二航海を試みたる後、國王の命により、, 慶長十五年五月四日, ○上, 略, アダムス, ヲシテ船, ヲ造ラシ, イリアム, 幕府「ウ, 慶長十五年五月四日, 二四五
割注
- ○上
- 略
頭注
- アダムス
- ヲシテ船
- ヲ造ラシ
- イリアム
- 幕府「ウ
柱
- 慶長十五年五月四日
ノンブル
- 二四五
注記 (25)
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