『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.246

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康ニ〓見セシコトハ、十四年九月ニ其條アリ、參看スベシ、, といふ濱邊の在所に川あり、是こそ唐舟作るへき地形なりとて、其濱の砂, 〔見聞集〕九唐船作らしめ給ふ事, 臺の柱を少つゝさけ、堀の中に舟をおき、此舟海中へうかへる時に至て、河, 見しは昔慶長年中、家康公唐船を作らしめ給ひ、淺草川の入江につなかせ, 先年作らしめ給ふ淺草川の唐舟は、伊豆の國伊東, し、いかやうなる手たて有て出るや、さらに分別におよはす、, の上に柱をしきたいとして、其上に舟の敷を置、半作の比より砂を掘上、敷, 尻をせきとめ、其河水を舟のある堀へなかし入、水のちからをもて海中へ, 給ふ、かゝる大舟をつくり海へ浮へる事、汀にては人力も及ひかたかるへ, 〔參考〕, 〔附録〕, ビスバンヱ渡海、賣買任心歸朝、猩々皮多持來、但、金銀ハ及聞シ程ハナシ、雖, 〔當代記〕五五月、此比、京都町人米屋ノリウセイト云者、以大御所御意、ノ, おし出す、, ○中略、江戸築, 運搬及ビ鎌倉時代唐船, 城用ノ伊豆石, 製作ノコトニカヽル、, 京都商人, セイ家康, 米屋リウ, 進水ノ法, ノ意ヲ受, ビスパニ, ケテ一ノ, ア」ニ渡ル, 船渠, 造船ノ事, 慶長十五年五月四日, 二四六

割注

  • ○中略、江戸築
  • 運搬及ビ鎌倉時代唐船
  • 城用ノ伊豆石
  • 製作ノコトニカヽル、

頭注

  • 京都商人
  • セイ家康
  • 米屋リウ
  • 進水ノ法
  • ノ意ヲ受
  • ビスパニ
  • ケテ一ノ
  • ア」ニ渡ル
  • 船渠
  • 造船ノ事

  • 慶長十五年五月四日

ノンブル

  • 二四六

注記 (31)

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