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しか、奧州逝去の後、清正に奉公し、三千石の身上にてにとめしの、數年清正, 聞候へ、今度、秀頼公、家康公御對談の儀を調へ、天下に名をあけ、歸國し、能始, 唯今病死す、右筆下川兵太夫をめしよせ、一通をのこしおかる, 終をつとめしそかし、今病相究り、命の終此時也、十は十一可相果、虎藤丸を, 國中の士農工商悲歎に及、大木土佐守といひしもの、佐々陸奧守ににかへ, 面の城へ人數を入らる、家康公より申來は、小西か領分不殘、肥後一職、主計, つて、島津事、被成御免候條、早々人數可被打入旨、申來ニ付て、二將相談し、面, 中の大小身共にふるまひ、かふきを興行し、一興をもよほし、いつれも侍共, もりたつへしとあれは、いつれも及悲歎、病氣次第々々におもくなり、六月, 右のことく書置、次第々々によはり、六月廿四日丑之刻逝去, 頭可被領、, 廿三日には、はや身もつろれ、命のかきりと知られけれは、家老の者共召寄、, 肥後一國の仕置等申付、熊本と言所ニ、九州第一の城を構ら, 主計頭は、到肥後國熊本歸城、從船中熱病をうれひ、煩はしく有けれとも、家, る, 及ビ家老中、侍中宛ノ遺書ヲ載セ, 家康、利家宛、, ○下略、名古屋城普請ノ助役、竝ビニ二條城ニ, ○コノ次ニ、, タレドモ、疑ハシキヲ以テ採ラズ、, オケル家康ト秀頼トノ會見ノコトニ係ル、, ○中, 略, 清正ノ發, 病, 言ストノ, 家臣ニ遺, 熊本築城, 説, 殉死, 慶長十六年六月二十四日, 三五五
割注
- 及ビ家老中、侍中宛ノ遺書ヲ載セ
- 家康、利家宛、
- ○下略、名古屋城普請ノ助役、竝ビニ二條城ニ
- ○コノ次ニ、
- タレドモ、疑ハシキヲ以テ採ラズ、
- オケル家康ト秀頼トノ會見ノコトニ係ル、
- ○中
- 略
頭注
- 清正ノ發
- 病
- 言ストノ
- 家臣ニ遺
- 熊本築城
- 説
- 殉死
柱
- 慶長十六年六月二十四日
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- 三五五
注記 (32)
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