『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.658

Loading…

要素

ノンブル

OCR テキスト

泊せり、, 二ツあり、, 同所に碇泊せり, に入りて再び進めり、, 能はざりしにより、引續きて此所に碇泊せり、, の命により、舟子等大に力めたるによりて、進行速なりき、, き、船懸り惡しかりしにより、伊崎港に漕ぎ〓せり、同所には、三四十戸の村, 日夕、牛窓に着せり、須波より凡六十哩にして、平戸の領主が附けたる監督, 同月二十七日、午前、上關を過ぐ、兩側に村落あり、夜、須波に著き、逆潮の爲め、, 同月二十一日、二十二日、二十三日、二十四日、東風強く吹き、舟を進むること, 同月三十一日、新に四人の舟子を雇ひ、櫓二十挺を用ひて、未明に漕ぎ出で, 同月二十八日、二十九日、三十日、風及び櫓を利用し、潮流に乘じて進み、三十, しが、正午頃、天候險惡となり、潮も逆なりしかば、一島の下に碇泊せり、然れ, 同月二十六日、未明に漕ぎ出し、夕、ミヤノスに著き、逆潮の爲めに碇泊し、夜, 同月二十五日、夜に入りて、風少しく凪ぎたれば、再び、下關に至り、此所に碇, 慶長十六年七月二十五日, 六五八, 慶長十六年七月二十五日

  • 慶長十六年七月二十五日

ノンブル

  • 六五八
  • 慶長十六年七月二十五日

注記 (18)

  • 1224,615,52,211泊せり、
  • 1687,616,55,274二ツあり、
  • 752,618,57,500同所に碇泊せり
  • 990,622,55,637に入りて再び進めり、
  • 1454,614,59,1364能はざりしにより、引續きて此所に碇泊せり、
  • 405,631,60,1720の命により、舟子等大に力めたるによりて、進行速なりき、
  • 1804,610,64,2225き、船懸り惡しかりしにより、伊崎港に漕ぎ〓せり、同所には、三四十戸の村
  • 519,628,69,2215日夕、牛窓に着せり、須波より凡六十哩にして、平戸の領主が附けたる監督
  • 871,621,67,2234同月二十七日、午前、上關を過ぐ、兩側に村落あり、夜、須波に著き、逆潮の爲め、
  • 1570,611,65,2226同月二十一日、二十二日、二十三日、二十四日、東風強く吹き、舟を進むること
  • 286,627,67,2221同月三十一日、新に四人の舟子を雇ひ、櫓二十挺を用ひて、未明に漕ぎ出で
  • 637,620,65,2225同月二十八日、二十九日、三十日、風及び櫓を利用し、潮流に乘じて進み、三十
  • 168,641,73,2204しが、正午頃、天候險惡となり、潮も逆なりしかば、一島の下に碇泊せり、然れ
  • 1105,612,67,2227同月二十六日、未明に漕ぎ出し、夕、ミヤノスに著き、逆潮の爲めに碇泊し、夜
  • 1337,615,65,2223同月二十五日、夜に入りて、風少しく凪ぎたれば、再び、下關に至り、此所に碇
  • 1921,674,46,472慶長十六年七月二十五日
  • 1930,2418,42,119六五八
  • 1921,673,46,472慶長十六年七月二十五日

類似アイテム