『大日本史料』 12編 11 慶長十八年三月~同年九月 p.445

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り、夜明ると茶の湯有りそ、辰上刻、筑前殿出船をらる、幸長も大船三艘に、古, の、今は皆々老人共なれと、送り可申とて罷出ると被申候、長政も、それ〳〵, て案内さする、幸長被申は、大膳必沖を御供申な、我數年乘松江濱を通り、加, 母て送り、もはや參間敷候、爲御案内小性立永原大膳を越し候とて、小早に, り候か、餘り久敷間見舞候といはる、扨終日物語、暮に及被申候とて、供船は須, 老を湊まて迎に出し、我身き行す、黒田殿城へ入申さるゝき、只今國本へ歸, に出る事ならす、兼之夜に入大船を出す事不成、是非止り給へ、折角見舞に, 老の人數、覺の士ともをの勢、小野町右の船場より、船に乘出る、長政にき刀, 色代して出られ、扨川口まて送り、爰にて長政手船に乘り替り、是は長政船, 子細き、此湊き見て思ひたるとは違ひ、事々敷六ケしき湊也、小船さへ卒爾, 被參候人に、怪我さ勢そき迷惑成とて、其夜はとゝめ、夜通シ人を除、物語あ, 申者、いつかたにて筈を合候もの、あれは何と申そ、そこ母て手〓ありしも, 本にか〓さ努置候間、可歸と也、幸長被申き、今宵はひらに宿り可被申候、其, 持一人、上下六七人、幸長き我家老物頭共を、一々筑前殿に披露し、是は誰と, 見廻に來らる、小早見ゆるよし城へ注進す、筑前殿と見〓ると申す、幸長、家, 訪フ, 長ノ病ヲ, 慶長十八年八月二十五日, 四四五

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  • 長ノ病ヲ

  • 慶長十八年八月二十五日

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  • 四四五

注記 (19)

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