『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.242

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の費は、法王之を給せり、大使は法王に〓見したる後、法王の甥なるカルヂ, 年間、奧州の地に滯在して、基督教の宣傳に力めしものなり、他の一人は、新, く話したる後、法王の命によりて起立し、次で辭し去り、アラチエリのサン, タ・マリアの僧院に寄宿せり、同院には、豫め一行の爲めに、室を準備し、接待, 法王に敬意を表する爲めに來りしなり、, ナル・ボルゲーゼ、及びスルモナ公を訪問せり、奧州の王は伊達政宗、宣教師, に座して之に接見せり、大使は、三度敬禮して、法王の足に接吻し、跪きて、暫, に聖教に歸依したる日本人にして、彼の國王の血族なり、法王は、天蓋の下, シスコ・ハセクラといふ、彼は洗禮を受くる前には、ロクイゲモンと稱せり、, なる大使はフライ・ルイス・ソテロ、俗人なる大使はドン・フイリッポ・フラン, ランシスコ・オブセルバンシヤ派の宣教師なるイスパニヤ人にして、十一, イスパニヤに於て、洗禮を受け、西方にある日本奧州の伊達王の名を以て、, ローマ駐在のフェルラヽ大使より、フヱルラヽ公に上りし書、, 〔イタリヤ國モデナ市國立文書館文書〕歐文材料第九十三號翻譯, 賢明なる我が君、, 支倉ノ洗, 禮, 慶長十八年九月十五日, 二四二

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  • 支倉ノ洗

  • 慶長十八年九月十五日

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  • 二四二

注記 (19)

  • 1081,645,61,2194の費は、法王之を給せり、大使は法王に〓見したる後、法王の甥なるカルヂ
  • 1658,638,64,2203年間、奧州の地に滯在して、基督教の宣傳に力めしものなり、他の一人は、新
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