『大日本史料』 12編 12 慶長十八年九月(支倉常長訪欧関係史料) p.467

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て、大に之を歡迎せり、, 等の答をもなさず、太子の居城に至ることを命じ、同所に於て返答を與ふ, て、國王が使節に關し、如何なる感想を懷けるかを問ひしが、之に就ては何, べしと云へり、是に於て大官等に贈物をなす爲め、多くの金を費したる後、, 國王は贈物を携へて至ることを命じ、この旅行の爲めに馬匹を給與した, 呈せしが、この〓見は國王の御前に出で、頭を地上につけ、再び退出したる, り、予等に對する厚遇は、唯之に止まれり、宮中に至りて贈物及び書翰を奉, 二ケ月餘を經過したる後、, ことなかりしは、予等が最も怪めるところなり、書記官その他寵臣に就き, 日本の王が、使節を出しゝ時、之に加はりて新イスパニヤに至り、同所より, 總督の返答を携へ歸りし事あり、初めより此の事件に携はり、書翰の翻譯, で來れり、彼は日本語に熟達し、この地の事情に通じたるのみならず、始め, に助力し、又日本人がメキシコに於て受けたる過當の厚遇を目撃したり, に過きず、この間書翰贈物、又は予等の請求について、一言の問をも發する, しが故に、今予等が受くる不當の待遇を實見するに最も適當せる人とし, ○家康ハ、八月四日京都ヲ發シ、同月二十三日、駿, 府二著セリ、〓見ハ歸著ノ後ノコトナルベシ、, ヲ引見ス, 家康使節, 慶長十八年九月十五日, 四六七

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  • ○家康ハ、八月四日京都ヲ發シ、同月二十三日、駿
  • 府二著セリ、〓見ハ歸著ノ後ノコトナルベシ、

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  • ヲ引見ス
  • 家康使節

  • 慶長十八年九月十五日

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  • 四六七

注記 (21)

  • 1319,647,54,635て、大に之を歡迎せり、
  • 388,646,63,2207等の答をもなさず、太子の居城に至ることを命じ、同所に於て返答を與ふ
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