『大日本史料』 12編 13 慶長十八年九月~同十九年四月 p.590

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に十四五人にて、物哀なる躰にて、山形乃御城ゟ、直に急かぬ旅に赴き給ふ、, 其方家督を讓られ候ても、苦からさる器量也とて、甚御機嫌よかりけり、さ, 默止かたくして、御請を申上候間、此上は對面を遂、日來の欝積可散の條、急, る程に、義光公、翌年御歸國被成、修理大夫殿え、使者を以、此度父子中絶の段、, 有けよ、然る所に、御對面なく、先高野山え御入可有由被仰出ける間、上下纔, 然るに、内々道にて、生害致し候樣にと、戸井半左衞門に被仰付、御通り候道, 上聞に達して被仰下ける樣は、一門不和れれは、他方ゟ〓らるゝ物也、たと, 共の中にては、誰に家督を讓らるゝ存念に候やと御尋ね有けれは、義光謹, くまても御贔屓つよかりける故、御悦ひ被成、尤駿河守おんひんの者にて、, 趣畏入候、歸國次第、切腹せさ努たきの由申上玉へは、又上意には、左有て、子, 奉存候旨被申上けれは、家康公も、駿河守は十三歳乃時ゟ、御傍に召置れ、あ, 而、誰と申まてもなく候、次男にて候駿河守に被仰付被下候はゝ、有かたく, き登城候樣にと被仰遣ける間、修理大夫異儀に及はす、則御使と打連、御出, ひ、義康非義也とても、老躰やくに堪忍し、中なほり申樣にと、直に上意候間、, 筋に、銕炮を持、木陰に隱れゐて待申、是を聞、近習の若者とも出合、半左衞門, 野山ニ追, 次子家親, 義康ヲ高, ヲ家督ト, フ, 慶長十九年正月十八日, 五九〇

頭注

  • 野山ニ追
  • 次子家親
  • 義康ヲ高
  • ヲ家督ト

  • 慶長十九年正月十八日

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  • 五九〇

注記 (22)

  • 403,639,58,2217に十四五人にて、物哀なる躰にて、山形乃御城ゟ、直に急かぬ旅に赴き給ふ、
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