『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.704

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大坂籠城と成て、終秀頼公亡給ふ、市正か異見に付せ給はゝ、自然御利運に, 聞入給ふへき、偏ニ市正か所行を以、秀頼公を亡シ可奉企也と立腹不斜、市, 幕下の衆中、既市正を討亡さんと有に付、無力市正兄弟は高野へ引退、然而, して、亡シ可奉企を仕と思へたり、扨何たる御因果來て、此時如此は成行給, ふ哉とかきくとき泪にむせふ、母公も御女儀之御事なれは、智惠淺して、市, 正樣々所存を述ルといへ共、承引ましまさす、大野修理を始として、秀頼公, 大坂へ下向して、右關東にて、かく〳〵と申たりしと披露さしに、なしかは, 十九日、日大威徳法ヲ清凉殿ニ修セラル、, 九月十九日、雨天、禁中御修法在之、於清凉殿也、昨日紫宸, 導師妙法院宮、, 可成事も可有に、如在なき市正諫に付せ不給事、偏秀頼公の御運の盡ル所, 正か内心をも聞を給はすして、泪に伏沈給ひ、御腹立尋常ならす而而市正, 〔官公事抄〕〓九月十九日己。雨降、於禁裏被行御修法、, 也と語る、, 殿御取建、奉行六條、高倉右衞門佐兩人ト、阿闍梨妙法院宮常胤親王、大威徳, 〔時慶卿記)〕, 四十, 導師妙法, 院常胤法, 親王, 慶長十九年九月十九日, 七〇四

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  • 院常胤法
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  • 慶長十九年九月十九日

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  • 七〇四

注記 (22)

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