『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.925

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慶長十五庚戌、有馬修理大夫黒船を燒沈む, めして、其子細を本田上野介して尋られしに、大村言上をしは、某先祖より, 表に於て覺へ有之、知行千石取り、安藝守殿家ニて、先手物頭ともの組頭, ケ候と、海上を游き來り、船の跡に付て參候を、船子ともは、兼て合點致し, へ、右の嶋へ歸り候と也、船頭共はあま龍と申ものニて、何の惡事をも不, 仕ものニて候と申候由、長サは貳間餘りも可有之哉、日本の蛇とは格別, も此宗門たりしの、此頃大村領の切支丹寺破却をしに付、駿府より大村を, 候哉、握り食を紙に包み、薪に結付くなけ出し候へは、めい〳〵是をくわ, 等若年の刻、藝州廣島ニて、吉岡九左衞門直咄を承り候、九左衞門は大坂, ニて、頭に毛なともはへ候樣ニ相見へ、四足有之、眼は殊外ニ光り候由、我, か、其松の木の上に布をはへたる如く、大蛇共居申候、右の蛇共船を見懸, 輕廿人の内十人餘りも、船中ニて相果候由、海路に松の生へ候嶋有之候, を相勤能在候也、, 同十九甲子、切支丹寺破却有、是は大村も家中も領内, 〔白石先生紳書〕六大村の家老物語の事、并黒舟燒蠻國の物語, ルハ、十四年十二月九, 有馬大村ゟ兄の家、但し、庶兄也, 日ニアリ、本書誤レリ, ト云、〇晴信葡萄牙船ヲ撃沈ス, 破却, 切支丹寺, 大村領ノ, 慶長十九年九月二十四日, 九二五

割注

  • ルハ、十四年十二月九
  • 有馬大村ゟ兄の家、但し、庶兄也
  • 日ニアリ、本書誤レリ
  • ト云、〇晴信葡萄牙船ヲ撃沈ス

頭注

  • 破却
  • 切支丹寺
  • 大村領ノ

  • 慶長十九年九月二十四日

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  • 九二五

注記 (24)

  • 654,573,60,1287慶長十五庚戌、有馬修理大夫黒船を燒沈む
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