『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.740

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へ湯治して、疵も悉く平愈す、世治て後、家康公大和郡山六万石の地を日向, 末期の水と思ひて、此氣藥を飮せられけれは、天の與ふる幸にや、義太夫少, を呼集て言出されたるは、廣田義太夫軍忠の段は各見たる處也、然れは今, 度之恩賞は、並を抜んて遣はし度思ふきいかにとあれは、皆一同に宜しか, し息の通する樣なれは、愈藥を飮せ、其後外科を付て療治すれは、誠に數多, 諸士を盡賞祿せられし中に、廣田義太夫一人其期を延て、或時家中の面々, られぬ有樣也、日向守殿餘りに名殘を惜まれ之、かうがいを以て口を開ケ、, るへしと申に依て、千石の加増にて、家老の列に入られにる、後改名して廣, 守に拜領仰付られける、爰に於て日向守殿今度大坂にて軍功をなしたる, の馬前にて相はたらかんといへば、勝成悦ばる、明石掃部が陣を打破る時、, 田圖書と聞へたる、, 廣田鉄炮に玉藥をこみ、一はなしと思ひて打たるに、たち消しにれば、鉄炮, の鑓疵も急所にあたらぬしるしにて蘇生したるそ不思義なれ、斯く有馬, 廣田圖書は水野勝成の士にて、大坂五月六日の軍に功有しかば、明日は殿, 廣田圖書が事, 〔常山紀談, 二十, 二, 元和元年五月六日, 七四〇

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  • 二十

  • 元和元年五月六日

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  • 七四〇

注記 (20)

  • 1349,653,63,2207へ湯治して、疵も悉く平愈す、世治て後、家康公大和郡山六万石の地を日向
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