『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.1133

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

る、家康公御覽有て、其世忰いつの間に、左樣には心付たなと仰られて、御ほ, けると也、のれ共木村いよ〳〵おごらす、肩をすぶる、後藤又兵衞是をつく, ノ戰ヒニ、末割四郎是廣ト云者、天晴臆病ニシテ朝ノ食事モ咽喉ヲ下ラズ, シテ、敵陣ニテ首ノ骨ヲ射切ラレシニ、其疵口ヨリ食物出テ、諸人ニ恥ヲサ, と云侍十七歳にて討取、家康公木村がくびを實〓あるに、彼首乃出るとい, バ、重成ガ妻是ヲ患ヒテ申ケルハ、此度ハ落城近キニ有リト聞ユレハ、御食, 〓はれ重て何事にてもあらんには、眞先かけて、十死一生の働を仕るへき, 氣色なりと語られけるか、露たがはず、夏の陣には、道明寺口にてこゝろか, 事ノ進マサルニヤト案ンジケルニ、重成聞テ、全タク左ニアラズ、昔後三年, けたる討死をとぐるとなり、長門守頸をは、伊井掃部頭直孝内安藤長三郎, なや、たゝ今そらたきをするとく、伽羅の匂ひこと〳〵しくあたりにみつ, 〳〵と見て、長門守たしきは、今度しだ野にて乃働を十分に存せぬ躰也、あ, 子細なくはといひしこはとばは、此節をや心かけたるらんとて、何れも感じ, めなされたるとなり, 〔明良洪範〕三木村長門守重成事、夏陣五月初メヨリ食事進マサリシカ, ヲ愼ム, 重成食事, ノ芳香, 重成ノ首, 元和元年五月六日, 一一三三

頭注

  • ヲ愼ム
  • 重成食事
  • ノ芳香
  • 重成ノ首

  • 元和元年五月六日

ノンブル

  • 一一三三

注記 (21)

  • 957,649,60,2210る、家康公御覽有て、其世忰いつの間に、左樣には心付たなと仰られて、御ほ
  • 1777,654,59,2208けると也、のれ共木村いよ〳〵おごらす、肩をすぶる、後藤又兵衞是をつく
  • 379,661,58,2188ノ戰ヒニ、末割四郎是廣ト云者、天晴臆病ニシテ朝ノ食事モ咽喉ヲ下ラズ
  • 261,662,60,2188シテ、敵陣ニテ首ノ骨ヲ射切ラレシニ、其疵口ヨリ食物出テ、諸人ニ恥ヲサ
  • 1191,656,57,2201と云侍十七歳にて討取、家康公木村がくびを實〓あるに、彼首乃出るとい
  • 611,656,58,2208バ、重成ガ妻是ヲ患ヒテ申ケルハ、此度ハ落城近キニ有リト聞ユレハ、御食
  • 1539,652,58,2212〓はれ重て何事にてもあらんには、眞先かけて、十死一生の働を仕るへき
  • 1424,650,58,2207氣色なりと語られけるか、露たがはず、夏の陣には、道明寺口にてこゝろか
  • 495,643,58,2217事ノ進マサルニヤト案ンジケルニ、重成聞テ、全タク左ニアラズ、昔後三年
  • 1306,650,58,2213けたる討死をとぐるとなり、長門守頸をは、伊井掃部頭直孝内安藤長三郎
  • 1077,655,54,2200なや、たゝ今そらたきをするとく、伽羅の匂ひこと〳〵しくあたりにみつ
  • 1660,668,59,2189〳〵と見て、長門守たしきは、今度しだ野にて乃働を十分に存せぬ躰也、あ
  • 1892,650,60,2209子細なくはといひしこはとばは、此節をや心かけたるらんとて、何れも感じ
  • 847,654,52,633めなされたるとなり
  • 707,609,100,2250〔明良洪範〕三木村長門守重成事、夏陣五月初メヨリ食事進マサリシカ
  • 714,279,39,114ヲ愼ム
  • 757,275,42,169重成食事
  • 1179,282,42,122ノ芳香
  • 1223,277,41,172重成ノ首
  • 159,708,47,339元和元年五月六日
  • 162,2458,45,150一一三三

類似アイテム