『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.732

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御馬廻り御小性衆御膳番等迄のり込、いつれもふりよく見へたるに、小山, 趣く、寔忠節淺のらす見へける也、かゝる所に、右の鉄炮に依て味かたさは, き立崩れろゝる、僅右の十二三人ならてき御側に人稀也、台徳公御自身御, 長門守、菅沼主殿高名す、御勝軍と成て、敵敗北故、味かた是を追て御馬の邊, 鑓取せ給ふ所に、御旗本の武者奉行安藤對馬守重次馳來り、味かた崩にて, 右に侍る、井上は何展少罷歸りて後、御さきへ罷趣見物可仕由にて、御先へ, また敵中へすゝみ、台徳公の御備ニても、敵つよく働く故、御花畑御番衆及, 子出羽守正勝同前に趣き敵軍を破る、乘馬の首敵に切られ、騎替に駕して, 殊之外無人也、井上半九郎御馬の前に罷在、植村出羽守、同備前守、三宅弥次, 定りしかとなる、末子大隅守忠純天王寺邊にて勇を勵し、首十七討とる、其, 兵衞、酒井下總守、牧野又十郎、安藤甚助、石谷十藏、三枝宗四郎、三宅藤四郎左, 元より智謀の譽ある本多佐渡守大に呼はり、前陣, 裏切にて無之よし言上、御馬の口を押へ、本多大隅守、加藤左馬介、黒田筑前, 勝ばよし、後陣をかへり見る事なかれ、只々進めやもの共と申ければ、御備, し割て、敵前近く押付、沼を前にあて御旗を立れば、敵き是を見てしゝみ引, とる, ○中略、家康乘馬ノ, 口取ノコト二係ル, 本多正信, 戰, 父子ノ奮, 秀忠自力, ラ戰ハン, トス, 元和元年五月七日, 七三二

割注

  • ○中略、家康乘馬ノ
  • 口取ノコト二係ル

頭注

  • 本多正信
  • 父子ノ奮
  • 秀忠自力
  • ラ戰ハン
  • トス

  • 元和元年五月七日

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  • 七三二

注記 (26)

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