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すべしとて、其後は人と談せず、公の落居に殉ひぬるとぞ、, 楠子の息正行に教訓せしに彷彿たり、大助僅年志學にして、志金鐵のごと, 匿れて後世に傳はらぬも理りなり、仍閣筆す、信仍陣中より、其子大助を城, 妄誕頗る多ければ、事實定かならず、是無他、御當家御危難の事なれば、事實, 世に沙汰せり、當御陣に於て、住吉御巡檢の御危難、尼が崎文右衞門が由緒、, 龜井村の十六疵、望月宇右衞門、穴山小助等が影武者の事、此類には尤附會, く、公を守護するを、城中宗徒の面々感〓して、速水甲斐守、大助に謂らく、足, く曲輪を出て、東軍親戚の方へ立退るべしと教諭す、大助對て曰、父命重く, へ囘し、秀頼公御先途に殉べき由を遺旨す、大助父の命を重んじ、紅〓を押, 州已來、御當家に敵する事數囘、一度不覺の名を不得、御當家の斑猫なりと, へて、父子長別の暇乞し、城へ引返し、蘆田曲輪に候して秀頼を守護す、其體, 父が最期を見捨て、君を守護し奉る處なり、奚ぞ今さら父命を背き、何地へ, 可罷越や、不義の教諭を聞んより、我は一人廣庭に控居て、君と存亡を共に, 下は御譜代の臣にも非ず、其上幼弱の身にして、斯迄の忠誠には及ばし、須, 〓くも惜まるれ、分て眞田信仍事は、千載人口に遺る奇策幾百千ぞや、抑信, 〓ト附會, ノ傳説, 幸村ノ奇, 元和元年五月七日, 九一一
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- 〓ト附會
- ノ傳説
- 幸村ノ奇
柱
- 元和元年五月七日
ノンブル
- 九一一
注記 (20)
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