『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.960

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を入置、日を經て逃去んとする時に、關東勢に捕へられ、色々拷問に逢けれ, し申ける、婆甲斐〳〵しくも白小袖を着せしむるとて其場を遁れ、澁紙に, ける、彼子も六才に成しか、打擲して問はれたれとも、遂に内藏助子也と不, とも、渡邊内乃水谷清兵衞と申ものゝ妻に被成、己か子に〓侍るよし陳し, つゝみて綱を下ケ、櫓よりおろし、其身も漸死を遁れ、町屋の不淨所に彼子, か譜に、始祖出雲守某、山城國田中に住し、松永久秀に屬すとしなし、其二, 坂落城のとき、櫓にて二男三男をさし殺し、めのとに惣領を連來るへきよ, 申、依之金壹兩を出にき、末々の者の子なればゆるすへきよし關東勢申け, 渡邊黨にて、代々攝津の士渡邊民部少輔子内藏助は、大, 男に宮内少輔某をかけ、〓の以下所見なし、今父子の呼名おれしきより, につかふ、, 考れは、此家か乃宮内少輔か子孫れなか、いまた詳ならす, 〔續武家閑談〕, 守, 元和元年五月七日, 櫻田乃舘, 武家閑談〕〓渡邊黨にて、代々攝津の士渡邊民部少輔子内藏助は、大, 勝, 權兵, 女子米倉丹後守昌尹か室, 衞、, 衞、, 權兵, 綱重, 勝, ○徳川, 八十, 櫻田乃舘, 川綱重ニ, 仕フ, ケラレテ, 乳母ニ助, 糺ノ長子, 糺ノ子徳, 遁ル, 元和元年五月七日, 九六〇

割注

  • 權兵
  • 女子米倉丹後守昌尹か室
  • 衞、
  • 綱重
  • ○徳川
  • 八十
  • 櫻田乃舘

頭注

  • 川綱重ニ
  • 仕フ
  • ケラレテ
  • 乳母ニ助
  • 糺ノ長子
  • 糺ノ子徳
  • 遁ル

  • 元和元年五月七日

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  • 九六〇

注記 (37)

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