『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.62

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内にて切腹あり、, 土藏の内へ入と、ひた〳〵と掃部殿の手より、〓炮きひしくうちかくると, もにてはなしと云て、あはひを見て修理をとらへんとす、夫を修理見て、此, 知無之事、此修理一人か所存也、八ツさきになりとも被成、秀頼の御一命を, 微妙公時ニ二十三歳、團扇を揮て乘廻し、此方の人數は丸ク立よ、餘人にき, 出候やとなり、これは天壽院樣の事なり、扨今度の事は、秀頼には少も御存, 眼をかけそ、若旗本へ懸る者あらは、是を敵と定よと下知し給ひ、乘廻給ふ, 躰に成たりとて、各にとらへ遅るゝ修理にてはなしと云、から〳〵と笑く、, れにこさる兩人は、歴々とみゆ、昨日御姫樣を出しましつるか、御無事に御, 御助ある樣に頼上るとあり、兩人の返事に、左樣の事を御取次申樣成者と, 炮打たり、其音千万の雷の〓し、諸軍大に噪き、謀叛人出かと、備うき立たり, うき足ニ成たる備、足本定り、山に倚懸たる樣に成たると、山崎閑齋も云、, 〔可觀小説〕七大坂陣五月八日、秀頼公自殺ありて、伊達政宗陣所ゟ惣〓, 〔川北道甫覺書〕大坂落城の時分頭御順見、于時長谷川佐兵衞、茶屋四郎次, 之開, 聞, 或, 聞, 人, 砲ス, 隊ヲ鎭靜, 前田利常, 秀頼自殺, 後伊達隊, 亂レタル, 一齊ニ發, ノ助命ヲ, 大坂ノ臣, 川北圧左, 治長秀頼, 請フ, 元和元年五月八日, 六二

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  • 砲ス
  • 隊ヲ鎭靜
  • 前田利常
  • 秀頼自殺
  • 後伊達隊
  • 亂レタル
  • 一齊ニ發
  • ノ助命ヲ
  • 大坂ノ臣
  • 川北圧左
  • 治長秀頼
  • 請フ

  • 元和元年五月八日

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  • 六二

注記 (33)

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