Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
名物也、小笠原右近殿古例をいへるは、陣刀には七千貫の義弘、指添は五千, 貫のはかた藤四郎也、如此名物の陣刀は、珍ら敷御にと申けれは、武士の一, ると聞し召けるか、是を差ていさき能打死をしける、かはねの上の面目是, して打死しける、權現樣御刀を御覽被成、これは秀頼公より木村え給りけ, 大きに違たる身なれば、陣刀に至る迄心得有、御心安き故おかしき御物語, 敷なからへける故、自然のこと有はと、朝な胸にせまり有なり、餘の人々は, 眞田左衞門佐抔見物して、古今無双の花鎗なりと感けるとなり、此時に秀, たゝり有之、依之秀頼公本阿彌に御預置被成しを、大坂落城の後、權現樣え, 成へしと御意被成けると、光室同苗共に語り申也、總て名將の御陣刀は皆, 大事は最期也、親と兄は打死しける、我數ケ所深手を負けれとも、仕合惡し, 世に並なき名物數々御所持也、楠正成最期には、鬼切丸國綱、此御太刀は御, 頼公御感状に添て、此ほねはみを拜領申也、明則五月六日、此ほねはみをさ, 被成と被仰ける、小松中納言利常卿は、名物ならては常にも御差不被成也, 膳と言ふ家老を打取ける、流石かたき備へ成故、早く引取ける、後藤又兵衞, 光室差上けれは、大閤より御預被成し太刀なれは、其儘家に置候得とのト, 鬼切丸國, 綱, 元和元年六月二十九日, 二三四
頭注
- 鬼切丸國
- 綱
柱
- 元和元年六月二十九日
ノンブル
- 二三四
注記 (19)
- 1069,668,65,2203名物也、小笠原右近殿古例をいへるは、陣刀には七千貫の義弘、指添は五千
- 953,669,61,2187貫のはかた藤四郎也、如此名物の陣刀は、珍ら敷御にと申けれは、武士の一
- 1307,669,59,2212ると聞し召けるか、是を差ていさき能打死をしける、かはねの上の面目是
- 1423,671,62,2205して打死しける、權現樣御刀を御覽被成、これは秀頼公より木村え給りけ
- 600,667,61,2206大きに違たる身なれば、陣刀に至る迄心得有、御心安き故おかしき御物語
- 720,662,61,2204敷なからへける故、自然のこと有はと、朝な胸にせまり有なり、餘の人々は
- 1656,667,61,2213眞田左衞門佐抔見物して、古今無双の花鎗なりと感けるとなり、此時に秀
- 249,679,63,2191たゝり有之、依之秀頼公本阿彌に御預置被成しを、大坂落城の後、權現樣え
- 1188,664,62,2215成へしと御意被成けると、光室同苗共に語り申也、總て名將の御陣刀は皆
- 838,664,59,2210大事は最期也、親と兄は打死しける、我數ケ所深手を負けれとも、仕合惡し
- 364,666,64,2210世に並なき名物數々御所持也、楠正成最期には、鬼切丸國綱、此御太刀は御
- 1540,668,60,2207頼公御感状に添て、此ほねはみを拜領申也、明則五月六日、此ほねはみをさ
- 483,667,62,2216被成と被仰ける、小松中納言利常卿は、名物ならては常にも御差不被成也
- 1769,672,65,2213膳と言ふ家老を打取ける、流石かたき備へ成故、早く引取ける、後藤又兵衞
- 133,671,62,2190光室差上けれは、大閤より御預被成し太刀なれは、其儘家に置候得とのト
- 405,299,40,167鬼切丸國
- 362,298,38,40綱
- 1893,744,44,420元和元年六月二十九日
- 1889,2472,46,118二三四







