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御不興なり、, 傍輩への不禮なり迚、大ひに怒り給ひ、此段を參て申せとあり、覺雲下向の, 分に被仰付事ニ而少もなし、跡ニ〓御聞被成、後悔せんもなし、大坂之事も, 人は皆撃殺の小勇に進む輩はかりなりし、且彼等所々の戰場に功名をあ, 事と大隅被申、夫より覺雲參り、御口上を申上々れは、森山ニ〓之事は、御自, われ侍りしと或記にあり、戰國の時〓更に神君の御子にてましませしか, 事をしらす、互に不知案内の〓も多くゆつりあひにるを、他州の兵士に笑, は、かゝる拙き事有へきとも覺へさりし、或老者曰、我是を聞、忠輝朝臣毎に, 正宗に頼み居申により、油斷之樣に思召事も御尤也、御自分に無念に思召, あらけなくわたらせ給ふのみにて、將帥の器ましまささりしかは、其御家, 時、越後の高田にて大隅上らるに行逢て、此段の事に參るとあれは、苦々敷, らはし、批殺折挫群に超たる猛士なれとも、一生兵士を都督し、隊伍に指揮, 也、御不興御尤也、宜樣に可申上迚、覺雲は退出す、罷歸て御返事を申上る、彌, 難波の役、御家臣皆陣を出し軍を旋る, 寂林院の少將, 〔附録, 〔鹽尻, 四十, 忠輝、, 上總介, 二, 忠輝ノ人, ト爲リニ, 對スル評, 忠輝ノ辨, 解, 元和元年九月十日, 五二四
割注
- 四十
- 忠輝、
- 上總介
- 二
頭注
- 忠輝ノ人
- ト爲リニ
- 對スル評
- 忠輝ノ辨
- 解
柱
- 元和元年九月十日
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- 五二四
注記 (28)
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