『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.141

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

得るものならん歟、朝鮮人をも唐人と稱する事、時俗多しかり、是を以, 篤實明信妄言の徒に非す、必證了する所あらん、故に予此説をしんし、, て疑をなす〓からすと、文長性理の學に長する事、其據を不知といへ, 共に、西洋の國に放逐せられ不悔、然して君の書天道天理を擧て、以而, 人又云、内藤氏、天主耶蘇の學に漫潤し、ついに罪を朝廷に得て、其徒と, とも、順菴先生〓に此言あれは、すへからく考證有へし、先生もとより, 了するに不足を以なり、しからは、内藤氏の學、何の證する所有りや、或, の淵源を證せさる哉、これ林氏の學は、道理の學にあらさるか故に、證, 學多識右に出る者なしと云、君の學問恐クは内藤氏の淵源ならむ歟, 林道春、博識をもて、神祖の〓遇を得、儒學を以て一世に鳴る、何そ林氏, 恐くは文長か淵源ならむとおもへり、或人又謂、文祿年中朝鮮征伐の, 學問の根源とすは、内藤の學の淵源共すへしと云ふ、嗚呼何そ比倫擬, と、是恐らくは無〓の説、聊内藤氏博學の一事を以て、是を證せは、當時, 頃、内藤飛彈守正安大明に使し、彼朝廷にて筆談兩國の情を通しぬ、博, 文長と云者、歸化して理學を以て教受す、疑らとは、君の學問は、文長に, 元和二年六月七日, 内藤如安, 正信學ヲ, ニ受クル, ノ學ヲ受, トノ説, ケタリト, 正信朝鮮, 人ニ性理, ノ説, ノ本佐録, 評, 元和二年六月七日, 一四一

頭注

  • 内藤如安
  • 正信學ヲ
  • ニ受クル
  • ノ學ヲ受
  • トノ説
  • ケタリト
  • 正信朝鮮
  • 人ニ性理
  • ノ説
  • ノ本佐録

  • 元和二年六月七日

ノンブル

  • 一四一

注記 (29)

  • 1847,784,80,2069得るものならん歟、朝鮮人をも唐人と稱する事、時俗多しかり、是を以
  • 1495,778,78,2087篤實明信妄言の徒に非す、必證了する所あらん、故に予此説をしんし、
  • 1731,786,75,2051て疑をなす〓からすと、文長性理の學に長する事、其據を不知といへ
  • 437,769,78,2068共に、西洋の國に放逐せられ不悔、然して君の書天道天理を擧て、以而
  • 554,772,79,2063人又云、内藤氏、天主耶蘇の學に漫潤し、ついに罪を朝廷に得て、其徒と
  • 1614,788,76,2059とも、順菴先生〓に此言あれは、すへからく考證有へし、先生もとより
  • 669,770,79,2069了するに不足を以なり、しからは、内藤氏の學、何の證する所有りや、或
  • 788,775,79,2067の淵源を證せさる哉、これ林氏の學は、道理の學にあらさるか故に、證
  • 1140,771,84,2075學多識右に出る者なしと云、君の學問恐クは内藤氏の淵源ならむ歟
  • 905,772,83,2075林道春、博識をもて、神祖の〓遇を得、儒學を以て一世に鳴る、何そ林氏
  • 1373,781,83,2065恐くは文長か淵源ならむとおもへり、或人又謂、文祿年中朝鮮征伐の
  • 318,759,79,2077學問の根源とすは、内藤の學の淵源共すへしと云ふ、嗚呼何そ比倫擬
  • 1023,779,82,2063と、是恐らくは無〓の説、聊内藤氏博學の一事を以て、是を證せは、當時
  • 1256,778,83,2074頃、内藤飛彈守正安大明に使し、彼朝廷にて筆談兩國の情を通しぬ、博
  • 1963,790,79,2063文長と云者、歸化して理學を以て教受す、疑らとは、君の學問は、文長に
  • 236,702,46,348元和二年六月七日
  • 1180,270,46,168内藤如安
  • 1227,272,43,165正信學ヲ
  • 1138,278,40,153ニ受クル
  • 1825,283,42,159ノ學ヲ受
  • 1094,271,42,124トノ説
  • 1784,284,33,156ケタリト
  • 1915,279,40,169正信朝鮮
  • 1870,282,42,162人ニ性理
  • 1736,277,43,80ノ説
  • 2002,281,42,170ノ本佐録
  • 1960,274,40,43
  • 236,703,47,348元和二年六月七日
  • 221,2429,45,100一四一

類似アイテム