Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
八月二十日、, 十月十五日, 八月二十一日、, れの隊に居りしや知るを得ざりき、尚聞く所に依れば、數名の人々は、彼に, 隨つて寺に赴き、同所にて悉く切腹すべしと思はる、其の或者は一年四五, 其弟カルサ樣を〓すことなく、唯前記の寺に、十年間幽閉し、其後服從の状, 約四リーグを隔てし掛川と稱する地にて、其叔父の家に宿泊す、, 我等は掛川にて晝食をなせり、此町, 人々が、三四隊に分れて來るに逢ひしが、彼は乘物に籠り居りしを以て、孰, 教の寺に在りて受くべき額は、一年一萬石なりと云ふ、彼は此夜當地より, 十万石の人にして、平戸王の有する所の八倍、或は十倍に相當せる由なり、, の城は、實にカルサ樣が終夜宿泊せし所なり、我等は途にて、彼及び其他の, を認めたる時は、適當の取扱をなすべき命令を遺したることを聞けり、〓, ビヤウの家に宿泊せり、こゝにて我等は、老皇帝が、將軍樣〔今は皇帝たる〕に, 皇帝は政宗殿及び博多の王を、他, かくて我等は駿河に來り、スチ, 又皇帝は政宗を伐たん爲め、軍勢を整へつゝありとの風評あり、, 略, ○新暦三十日ニシテ、元和, 兀和二年七月十九日ニ當ル, ○中略、新暦二十五日ニシテ。, 二年七月十八日二當ル, ○中略、新暦三十一日ニシテ, 元和二年九月十五日ニ當ル, ○下, 略, 忠輝ニ遇, こつくす, フ, 元和二年七月六日, 二八九
割注
- ○新暦三十日ニシテ、元和
- 兀和二年七月十九日ニ當ル
- ○中略、新暦二十五日ニシテ。
- 二年七月十八日二當ル
- ○中略、新暦三十一日ニシテ
- 元和二年九月十五日ニ當ル
- ○下
- 略
頭注
- 忠輝ニ遇
- こつくす
- フ
柱
- 元和二年七月六日
ノンブル
- 二八九
注記 (31)
- 1685,645,58,359八月二十日、
- 285,639,57,347十月十五日
- 865,639,65,431八月二十一日、
- 1325,646,68,2212れの隊に居りしや知るを得ざりき、尚聞く所に依れば、數名の人々は、彼に
- 1210,640,68,2216隨つて寺に赴き、同所にて悉く切腹すべしと思はる、其の或者は一年四五
- 624,637,69,2219其弟カルサ樣を〓すことなく、唯前記の寺に、十年間幽閉し、其後服從の状
- 1794,645,65,1940約四リーグを隔てし掛川と稱する地にて、其叔父の家に宿泊す、
- 1676,1796,63,1059我等は掛川にて晝食をなせり、此町
- 1444,648,66,2211人々が、三四隊に分れて來るに逢ひしが、彼は乘物に籠り居りしを以て、孰
- 1910,644,64,2213教の寺に在りて受くべき額は、一年一萬石なりと云ふ、彼は此夜當地より
- 1097,638,64,2231十万石の人にして、平戸王の有する所の八倍、或は十倍に相當せる由なり、
- 1559,649,66,2205の城は、實にカルサ樣が終夜宿泊せし所なり、我等は途にて、彼及び其他の
- 500,636,83,2220を認めたる時は、適當の取扱をなすべき命令を遺したることを聞けり、〓
- 742,644,67,2220ビヤウの家に宿泊せり、こゝにて我等は、老皇帝が、將軍樣〔今は皇帝たる〕に
- 276,1863,62,992皇帝は政宗殿及び博多の王を、他
- 860,1942,58,911かくて我等は駿河に來り、スチ
- 978,642,65,1944又皇帝は政宗を伐たん爲め、軍勢を整へつゝありとの風評あり、
- 421,643,40,38略
- 1711,1021,46,752○新暦三十日ニシテ、元和
- 850,1089,44,815兀和二年七月十九日ニ當ル
- 314,1012,43,833○中略、新暦二十五日ニシテ。
- 1671,1021,39,677二年七月十八日二當ル
- 895,1092,43,816○中略、新暦三十一日ニシテ
- 269,1012,41,828元和二年九月十五日ニ當ル
- 1005,2588,44,119○下
- 962,2593,40,40略
- 1414,282,45,171忠輝ニ遇
- 1462,285,38,165こつくす
- 1381,283,30,33フ
- 181,725,45,345元和二年七月六日
- 172,2452,48,125二八九
類似アイテム

『大日本維新史料 編年之部』 2編 4 安政1年2月11日~同年2月23日 p.119

『大日本史料』 6編 10 貞和2年8月~貞和3年11月 p.212

『大日本史料』 1編 5 延喜18年 7月~延長5年10月 p.517

『大日本史料』 9編 19 大永3年正月-大永3年4月 p.421

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 7 訳文編之2(下)天文23年12月~弘冶1年12月 p.124

『大日本維新史料 編年之部』 2編 4 安政1年2月11日~同年2月23日 p.474

『大日本史料』 12編 10 慶長十七年八月~同十八年二月 p.215

『大日本史料』 7編 22 応永22年正月~同年8月 p.196