『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.749

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暮て、明ル元和五年ノ春、將軍御上洛ましますに、此度も左衞門大望江戸御, は少將可爲同前、我は一度上洛し、若及難儀、則江戸にて切腹すへし、さる時, 備後守急上洛すへしとしたくを調は處に、先年少將上洛の刻諫言いひし, けなに、何たる仰もなく、早速の下向別而御感に思食と預上使、其後遂出仕, まつとうして、いろ樣共成へし、近日上洛せんと舟もよひ調をなす、此度は, 波守所存も我ため、何〓同忠の言分、兩方捨ん樣なし、雖然備後守國に有上, 供船も多は入ましと、纔拾艘の内外にて、日取してとも綱をときて漕出す, 程なく大坂こ上著し、幾程へ江戸に著て、上意いろならんと心許なく思ひ, たなに、思ひの外乃御懇頃、樣々の御もてなし大形ならぬ御氣言にて、一篇, 留主居頼み給ふと御諚〓有て、嫡子備後は上洛あれと從老中指圖あ〓、依之, 上中下悦事限なく、就中備後守喜悦不淺、安堵の思ひをなせり、されは其年, 上洛有て可然也と申けまは、少將殿兩言ヲ聞給ひ、眞鍋か陳言も非非儀、丹, は備後守を相守、可成程は戰、備後守か運命ぼきは、即腹を切せ、侍共は命を, の仕合にて、別儀の上意更になし、頓而此旨國本へ飛脚を指下せは、國中の, 食さは、たとひ少は加増成共、大分の大名にはなしたたはし、只何となく御, ノ際正則, ヲ江戸ニ, 秀忠上洛, 留ム, 元和五年六月二日, 七四九

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  • ノ際正則
  • ヲ江戸ニ
  • 秀忠上洛
  • 留ム

  • 元和五年六月二日

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  • 七四九

注記 (21)

  • 507,644,59,2201暮て、明ル元和五年ノ春、將軍御上洛ましますに、此度も左衞門大望江戸御
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