『大日本史料』 12編 32 元和五年十一月~同年十二月 p.791

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前便は、平戸發、一六一七年十二月二十日, 貴なる家柄に就いても予に語りたり、即ち彼の父は、アムステルダム或は, 及び委員會に贈りし書翰、, く予に密告せられたるものなり、彼等は尚、總司令ウェスターウッドの高, て、リチャルドコックス君と共に、アドヴィス號に託して送りたるものな, 尊敬する閣下等よ、予の卑しき義務を記憶せられよ、予が閣下等に贈りし, き後商に神の御惠あれ、即ち予は唯彼等の〓を拂ひ給へと希ふに他なら, る行動は、其一部の者によりて、予竝に他の諸員の警戒を要望しつゝ、親し, 大工、ビール釀造人等の家に生れたるものなり、斯かる名譽ある、尊敬すべ, 其近傍に於ける室内便器の製作人にして、又キャプテン等の大半は靴師、, 一六一九年三月十日, 附、長崎發、ウィリアム・, イートンより、ロンドンなる英國東印度會社の理事トーマス・スミス, ず、此事件に關しては、之にて止め置くべし、, 附にし, 〔英國印度事務省文書〕(歐文材料第二十二號譯文), ○新暦二十日ニシテ、元和, 三年十二月三日ニ當ル〓, ○新暦三十日ニシテ、元和, コト、耶蘇教徒ヲ京都ニ刑ス, 六年二月十七日ニ當ル, ト等ニカヽル、六月二日、八月二十九日、是歳及ビ年末雜載雜ノ條ニ收ム, ルコト、こっくす、京都ニ抵リテ、秀忠ニ〓スルコト、豐臣秀頼生存ノ噂ノ, ○下略、幕府、福島正則ノ封ヲ褫, 元和五年雜載, 七九一

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  • ○新暦二十日ニシテ、元和
  • 三年十二月三日ニ當ル〓
  • ○新暦三十日ニシテ、元和
  • コト、耶蘇教徒ヲ京都ニ刑ス
  • 六年二月十七日ニ當ル
  • ト等ニカヽル、六月二日、八月二十九日、是歳及ビ年末雜載雜ノ條ニ收ム
  • ルコト、こっくす、京都ニ抵リテ、秀忠ニ〓スルコト、豐臣秀頼生存ノ噂ノ
  • ○下略、幕府、福島正則ノ封ヲ褫

  • 元和五年雜載

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  • 七九一

注記 (26)

  • 422,657,59,1188前便は、平戸發、一六一七年十二月二十日
  • 1699,651,58,2200貴なる家柄に就いても予に語りたり、即ち彼の父は、アムステルダム或は
  • 655,795,58,786及び委員會に贈りし書翰、
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