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をうち、終に身上を仕舞、所の住居も難成、乞食の身となり、剩瘡を煩、爰かし, 癩病を煩、形ち見苦敷、人交りも難成、生國を出て乞食と成、都へ登、さまよひ, られたる程のものなりしか、家業を餘所にして、遊藝を好み、傾城狂ひに身, 治難病の世を渡り兼る貧苦の人なとを尋出し、寺へつれ來り、貧人には金, ことさまよひ歩き、京に來て、東寺の内にて、餘り物などにて露の命を繋ぎ, 居たり、今壹人、是も泉州黒村の百姓善五郎と云し者、其以前は富貴成者な, 依之、此宗門を歸依し、名をはびやんと付、則同宿とす、殊に發明なる故、寺の, 寺へ連行、伊留まん療治を加へければ、次第に本ぶくして、終に元の形と成、, る者不知數、, れども、博奕、遊樂而已好み、いつしかいやしき身と成、是も瘡を煩、鼻欠落、人, あるきて、眞葛が原に倒れふし、今は命もきえなんとする折から、右の南蠻, 銀をあたへ、病人には伊留まん療治を加へけれは、十に八九ツは本腹し、其, 執事の第一と成、又一人は和泉國の住人呉服屋安左衞門とて、人に名を知, 上衣服等をあたへけれは、昨日のつゞれ、今日は錦を身にまとひ、恩を感ず, 其後此者共、進めによりて、宗門に入者多し、右の病人の内、, 利根發明成者三人、寺に留置、壹人は生國加賀國の禪僧惠俊と云者成しが、, ○中, 略, 禪僧惠俊, 療治ヲ加, はびあん, 南蠻寺ノ, 執事トナ, 病者ニハ, 歸依シテ, 貧者ニハ, 耶蘇教, 加賀國ノ, 物ヲ與, ト稱ス, フ, ル, 元和六年正月是月, 一八二
割注
- ○中
- 略
頭注
- 禪僧惠俊
- 療治ヲ加
- はびあん
- 南蠻寺ノ
- 執事トナ
- 病者ニハ
- 歸依シテ
- 貧者ニハ
- 耶蘇教
- 加賀國ノ
- 物ヲ與
- ト稱ス
- フ
- ル
柱
- 元和六年正月是月
ノンブル
- 一八二
注記 (34)
- 522,634,71,2175をうち、終に身上を仕舞、所の住居も難成、乞食の身となり、剩瘡を煩、爰かし
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