『大日本史料』 12編 42 元和七年雑載 p.383

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三枚を、又宿の召使共に錢三百文を與へたり、, 君は一分金四枚を與へたり、, 本日余は都の裁判官及び茶屋四郎次郎殿より禮状を受取りたり、, きて宿泊せり、本日行程七リーグなりき、途中四人の連の者が日本風の料理を携へて我等, 十二月十七日〔霜月十五日〕〓, これを持參し來りし男に五匁を與へたり、, 使を派し、栗の贈物を持參せしめたり、七リーグ先にて余を出迎へんが爲めなりき、余は, に隨行せり、即ち定宿の主人の召使共より一人、トメ殿の弟より一人、我等の定宿の主人, の縁者より一人、マキショーゼモン殿より一人なり、彼等四人に對し、オステルウィック, かくて今夜は草津に著きたるが、宿主は與一郎と呼べり、夕食と朝食との代として一分金, 十二月十八日〔霜月十六日, 草津の我等の定宿の主人は彼の召, 十二月十六日〔霜月十四日〕, 我等は水口に赴きて午餐を認めし, 丁香二十五斤、天鵞絨袋入, 我等は本日都を出立し、草津に赴, 赤色セイ羅紗三反, ○新暦二十八日ニシテ、元和, ○新暦二十六日ニシテ、元和, 七年十一月十六日ニ當ル, ○新暦二十七日ニシテ、元和, し年十一月十五日二當ル, 七年十一月十四日二當ル、, 草津定宿與, 一郎ヨリ出, 草津, 迎, 水口, 元和七年雜載, 三八三, 水口

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  • ○新暦二十八日ニシテ、元和
  • ○新暦二十六日ニシテ、元和
  • 七年十一月十六日ニ當ル
  • ○新暦二十七日ニシテ、元和
  • し年十一月十五日二當ル
  • 七年十一月十四日二當ル、

頭注

  • 草津定宿與
  • 一郎ヨリ出
  • 草津
  • 水口

  • 元和七年雜載

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  • 三八三
  • 水口

注記 (31)

  • 431,608,59,1117三枚を、又宿の召使共に錢三百文を與へたり、
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