『大日本史料』 12編 46 元和八年七月~同年八月 p.497

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らかに之を信じ得べきものにして、如何なる箇條に於ても之を虚僞と認むる事の有り得, ぜられ居りたり、されば、今や彼は、かの論述の大部分は愚論なりとして嘲笑し、且つ, 且つその原因結果の追究に方りて非常に巧妙なる論議を以て我等に其の道理を認識せし, のヨーロッパ人等は、啓示せらるゝデウスの事柄に就きて斯くも知識を有し、熟知し、, とは信じ難し、と、斯くて彼は、かの地に於て我等の信仰が、堅固なる基礎に基づき明, 又ボンゾ等の極めて眞理に背反せる事柄をば恰も神託の如く教へて憚らざる不遜さを甚, めしかば、デウス夫れ自體或は靈魂乃至來世の生活の如き遙かに重要なる事柄に於いて, しく忌避するに至れり、而して、彼自身の語る處に從へば、人々は、賢明にも論じ合ひ, は、彼等が相互に、又我等が他ならぬ彼等自身に依りて、恰も盲人の如く導かれしもの, れど、之に就き信を措き難き旨を實證する者出來らざる間は、依然として彼等の説は信, を以て充さしむるに於ては、彼等は、來世の眼に見えざる事柄をば如何せん、されど此, しく、而も、師表として之に就きて氣狂染み愚にもつかざる誤謬を説きたればなり、さ, て、若しも彼等, て斯く言へる由なり、即ち、確かに遠き彼方に存するとも所詮知覺し得べき物事に就き, が我等をして虚僞を信ぜしめ、我等をして途方も無き誤謬, ○よーろっぱ人修, 道士等ヲ指ス、, すぴのらニ, 對スル批評, 元和八年八月五日, 四九七

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  • ○よーろっぱ人修
  • 道士等ヲ指ス、

頭注

  • すぴのらニ
  • 對スル批評

  • 元和八年八月五日

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  • 四九七

注記 (21)

  • 310,672,59,2248らかに之を信じ得べきものにして、如何なる箇條に於ても之を虚僞と認むる事の有り得
  • 1604,671,57,2237ぜられ居りたり、されば、今や彼は、かの論述の大部分は愚論なりとして嘲笑し、且つ
  • 783,673,57,2241且つその原因結果の追究に方りて非常に巧妙なる論議を以て我等に其の道理を認識せし
  • 901,677,57,2208のヨーロッパ人等は、啓示せらるゝデウスの事柄に就きて斯くも知識を有し、熟知し、
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  • 667,676,58,2235めしかば、デウス夫れ自體或は靈魂乃至來世の生活の如き遙かに重要なる事柄に於いて
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