『大日本史料』 12編 46 元和八年七月~同年八月 p.527

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なりし其の死に至る迄、師に隨身する事を得ざるは我が唯一の痛恨事なり、されどデウ, スの望み給ひし處は互に離別する事なれば、不日天國に於いて再會すべき時迄、師の祈, 就きて更に然るべき感謝を彼に表はしたり、之に對して、かの高潔なる人は、己が願望, の人々のみ殘し置かれ、パードレ・カミルロは、アゴスティーノ竝びに其の傳道士ガス, パーレと共に、更に五レーガを距てし平戸に連行せられたり、離別に際して、彼等は深き, 殘し置かるゝ人々に向ひて、大に心を籠め、勇氣を以て信仰の表明に努め、遂には之が, りの中に我が事をば記憶せられん事を、と答へたり、, 爲め決然と生命を捧げよと語りしが、更に、此の事をば特に情愛を籠めて彼の最も親し, パードレ・カミルロは平戸に著くや、當地の藩廳の法官二人に引渡されたり、彼は長崎, 勞りに充ちて挨拶を交し、雙方共に臨終の祈りを交せり、茲にパードレ・カミルロは、, き家主にして旅の同伴者なりしゲンザイェモン・ジョヴァンニに振り向きて語り、之に, は二つの相異なる場所に分割せられしが、此處にはジョヴァンニ及び同地に生まれし他, の修道院長に宛てたる其の一書翰に於て語りて曰く、かの兩名は、我の誰人なるかを我, 「彼の取調と獄中の生活」, リノ書翰, おノ獄中ヨ, 平戸藩廳ニ, 平戸ニ連行, ノ會話, こすたんつ, サル, 阪本源左撃, 答フ, 門トノ別離, 於テ訊問ニ, 殘シこすた, んつお等ハ, 元和八年八月五日, 五二七

頭注

  • リノ書翰
  • おノ獄中ヨ
  • 平戸藩廳ニ
  • 平戸ニ連行
  • ノ會話
  • こすたんつ
  • サル
  • 阪本源左撃
  • 答フ
  • 門トノ別離
  • 於テ訊問ニ
  • 殘シこすた
  • んつお等ハ

  • 元和八年八月五日

ノンブル

  • 五二七

注記 (29)

  • 891,688,62,2227なりし其の死に至る迄、師に隨身する事を得ざるは我が唯一の痛恨事なり、されどデウ
  • 775,694,66,2226スの望み給ひし處は互に離別する事なれば、不日天國に於いて再會すべき時迄、師の祈
  • 1008,684,63,2237就きて更に然るべき感謝を彼に表はしたり、之に對して、かの高潔なる人は、己が願望
  • 1706,688,61,2219の人々のみ殘し置かれ、パードレ・カミルロは、アゴスティーノ竝びに其の傳道士ガス
  • 1592,692,60,2223パーレと共に、更に五レーガを距てし平戸に連行せられたり、離別に際して、彼等は深き
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