『大日本史料』 12編 54 元和八年雑載 p.99

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を賜ふて重尚と召さる、雙なき寵臣なりしかは、元和八年二月、所領の地を賜ふ, 傳左衞門平安久は, 〔世臣傳〕, 同八年十二月、新に所領を賜ふ、, 嫡男庄兵衞正吉、元和八年十二月、所領賜て〓召仕れ、〓下, 〓世臣傳〕, 〔世臣傳〕, 又左衞門穂積重庸は、イ廿元和八年、傑俊公に仕へ奉り、所領の地を賜ふ、, 舍人源正忠は、石見守正次か二男也、密中明る八年十二月、新に所領を賜ふ、, 〔世臣傳〕, 齋之助藤原政久は、〓中同八年十二月、新に所領の地を賜ふ、〓、〓下, 明る八年十二月、新に所領を賜ふ, ○中, 那須の温泉へしはし入浴して病を養ふへしとて、米三十五俵にかつをふし二十五連賜りしと云、略, 舍人源正忠は、石見守正次か二男也、, 又左衞門穂積重庸は, 〓臣傳〕〓二本松市史五所收山田賜丹羽, 齋之助藤原政久は, 代東白川郡), 正家か死せし年月は詳ならす、略, 正家か遺領と見へたり、されと○下, されて、米二十○下, 石、略, 一百五傑俊公、棚, 百○下, 父の久幹をも召, 百五十石、此時, 丁石、倉の城に移, ○上, 改め、其後戸城と稱す、, 石を賜りしか、略, ノ二本松市史五所收神田, 重尚父, らせ給ふ時、重庸御家人に召されしか、耳襲にて仕へに堪へ難しと辭し申しける、さらは下野國○上, ○二本松市史五所收, 〇二本松市史五所收戸城, 始玉造と名乘、野口に, 〓二本松市史五所收山田賜丹羽, ○二本松市史五所收, 百三十, 石、是, ○中, 十石, 石、略, 二, 二, 百○下, 三, ○中, 那須の温泉へしはし入浴して病を養ふへしとて、米三十五俵にかつをふし二十五連賜りしと云、略, 代東白川郡), 〓二本松市史五所收鈴木, 略, 略, ○中, 嫡男正吉, 戸城安久, 山田正次ノ, 次男正忠, 神田政久, 山田正次ノ, 鈴木重庸, 元和八年雜載諸家, 九九

割注

  • 正家か死せし年月は詳ならす、略
  • 正家か遺領と見へたり、されと○下
  • されて、米二十○下
  • 石、略
  • 一百五傑俊公、棚
  • 百○下
  • 父の久幹をも召
  • 百五十石、此時
  • 丁石、倉の城に移
  • ○上
  • 改め、其後戸城と稱す、
  • 石を賜りしか、略
  • ノ二本松市史五所收神田
  • 重尚父
  • らせ給ふ時、重庸御家人に召されしか、耳襲にて仕へに堪へ難しと辭し申しける、さらは下野國○上
  • ○二本松市史五所收
  • 〇二本松市史五所收戸城
  • 始玉造と名乘、野口に
  • 〓二本松市史五所收山田賜丹羽
  • 百三十
  • 石、是
  • ○中
  • 十石
  • 那須の温泉へしはし入浴して病を養ふへしとて、米三十五俵にかつをふし二十五連賜りしと云、略
  • 代東白川郡)
  • 〓二本松市史五所收鈴木

頭注

  • 嫡男正吉
  • 戸城安久
  • 山田正次ノ
  • 次男正忠
  • 神田政久
  • 鈴木重庸

  • 元和八年雜載諸家

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  • 九九

注記 (64)

  • 1869,657,60,2111を賜ふて重尚と召さる、雙なき寵臣なりしかは、元和八年二月、所領の地を賜ふ
  • 1008,650,55,480傳左衞門平安久は
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