『大日本古文書』 浅野家文書 1 浅野家文書 p.554

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〓大猷院殿より、親筆枯木そ小鳥の御畫をたまふ、其後こひ〓てま〓, ら建十木さを事恩宛宴舘を養, ら、またしは〳〵御懇の御書〓下さ〓、台徳院殿よりもこの事あり, る立六下〓水まあ賜行を〓ら, 殿3.月ハ參軸筆御け}て臺〓果, る、こ〓より後洛にのネらをたまふことに、白銀をよひ綿等を恩賜せ, く、雄木下宮内少輔利房か三男、木下民部利次を養子とす、事は木下, よ葬心せた利枯懇てま院りろ, 膊後高ま寛ム〓御を内る號ハ母, な某大をふ日}譜宮よえ後け膳ゝけ左, )る公〓〓房木〓ウ河りと諱女, 殿號っ新をハ下殿しり食響七閣助, る、〓姑新の湖月心公高臺院と號す、かつ〓東山そ一宇〓建立, 長政か室となる、, 左門利嵩つ譜にみ〓た里、寛永元年病につゝお乃旨きししめさ〓、〓, 闇他界のゝち、高〓院と號し京師に住す、慶長六年、東照宮其舘る渡, 童名長滿左京大夫紀伊守, 〓通仙院をしてとはせたまふ、九月六日逝す、年八十三、〓〓、七六系, 塞寺と號す、其地に葬る、後衣食料乃うち、五百石を寺領に寄らる、是, 〓のとぎ、饗膳をたてまつる、元和元年、二條城に招つせた内む宴を, 兄幸長か遺領を繼、, 、豐臣太閤の室となり、諱は寧子、北の政所と稱し、從一位〓敍をら, は杉原助左衞門某か女、母は杉原七郎兵衞家利か女、長勝養はれ, 〓、これより後洛にの不らをたまふことに、白銀をよひ綿等を恩賜せ, 殿號っ新をっ下殿しり食響〓閤助, チふ、後衣食の料として、河内國のうちにをい〓、一万六千石を宛行一, 後高ま寛〓御を内る號ハ母, つす、またしは〳〵御懇の御書〓下さ〓、台徳院殿よりもこの事あり、, 從五位下從四位下, 幸長, な某大をふ呈}譜宮よえ後七膳ゝけ左, 附録, 五五五

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  • る、〓姑新の湖月心公高臺院と號す、かつ〓東山そ一宇〓建立
  • 長政か室となる、
  • 左門利嵩つ譜にみ〓た里、寛永元年病につゝお乃旨きししめさ〓、〓
  • 闇他界のゝち、高〓院と號し京師に住す、慶長六年、東照宮其舘る渡
  • 童名長滿左京大夫紀伊守
  • 〓通仙院をしてとはせたまふ、九月六日逝す、年八十三、〓〓、七六系
  • 塞寺と號す、其地に葬る、後衣食料乃うち、五百石を寺領に寄らる、是
  • 〓のとぎ、饗膳をたてまつる、元和元年、二條城に招つせた内む宴を
  • 兄幸長か遺領を繼、
  • 、豐臣太閤の室となり、諱は寧子、北の政所と稱し、從一位〓敍をら
  • は杉原助左衞門某か女、母は杉原七郎兵衞家利か女、長勝養はれ
  • 〓、これより後洛にの不らをたまふことに、白銀をよひ綿等を恩賜せ
  • 殿號っ新をっ下殿しり食響〓閤助
  • チふ、後衣食の料として、河内國のうちにをい〓、一万六千石を宛行一
  • 後高ま寛〓御を内る號ハ母
  • つす、またしは〳〵御懇の御書〓下さ〓、台徳院殿よりもこの事あり、
  • 從五位下從四位下
  • 幸長
  • な某大をふ呈}譜宮よえ後七膳ゝけ左

  • 附録

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  • 五五五

注記 (33)

  • 1403,743,60,2047〓大猷院殿より、親筆枯木そ小鳥の御畫をたまふ、其後こひ〓てま〓
  • 1124,2608,753,45ら建十木さを事恩宛宴舘を養
  • 1465,751,60,2045ら、またしは〳〵御懇の御書〓下さ〓、台徳院殿よりもこの事あり
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  • 1695,779,64,2013闇他界のゝち、高〓院と號し京師に住す、慶長六年、東照宮其舘る渡
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  • 1214,757,61,2032〓通仙院をしてとはせたまふ、九月六日逝す、年八十三、〓〓、七六系
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  • 348,749,48,550兄幸長か遺領を繼、
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  • 1015,1018,844,51殿號っ新をっ下殿しり食響〓閤助
  • 1577,760,64,2012チふ、後衣食の料として、河内國のうちにをい〓、一万六千石を宛行一
  • 1051,1525,818,45後高ま寛〓御を内る號ハ母
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  • 684,656,53,131幸長
  • 835,1091,1036,47な某大をふ呈}譜宮よえ後七膳ゝけ左
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  • 164,2464,44,123五五五

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