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述の総督閣下の命令に従い(許可を得てから)、私は手荷物とともにニウ・ゼーランディア号, 充分に水を補給し、四月三日に同地を出発、四月二十日にセント・へレナ島へ到着、同地で前, 前述の船団の副司令官に任命され、同日出帆しました。三月三十日には喜望峰に至り、そこで, 帰国船団司令官として出発し、当地〔バタフィア〕には、ニウ・ハールレム号とバンダ号が停, うようにバタフィアに到着し)母国へ帰ってよいという約束を思い出させ、この件はいくらか, ランデに乗り換えました。我々はここでいくらか休泊したいと思っていましたが、ハールレム号は同, 許の話し合いの末、遂に許可され、閣下等から、月額一八〇グルデンの給与を受け取れる権利と、, 日本の事業を閣下方の満足のいくよう指揮し、再び良い状態をもたらしたことに対して、レア, (本書翰に第九号として写しを添付してある)証書に見られるように、二隻の船の司令官及び, 泊地に残っていました。〔私は〕このハールレム号に〔乗り〕(総督閣下の命令により)一月一, 東インド評議会員外参事パウルス・クローク閣下は、十二月二十四日に、ウィッテン・オリ, ファント号、マラッ力号、ゼーランディア号、オラニエン号、そしてニウ・デルフト号とともに, ル・ファン・アハテン貨千枚相当の金鎖が贈られました。, によって、そのために私に与えられた, 十一日、事務総長コルネリス・ファン・デル・レイン閣下〓, 二七年東インド評議会員外参事、翌年正参事となり、四〇年より事務, ○)(1679)アルクマール生まれ。一六二七, 年商務助手としてバタフィアへ来着。一六, 総長、四五年ディーメンの没後、五〇年まで東インド総督を務めた, 司令官とし, 帰国船団副, てハールレ, アン・デル, フィア出発, 事務総長フ, 喜望王峰, ム号でバタ, 価, セント・へ, レイン, レナ島, 金鎖, 業績への評, 附録十, 八七
割注
- 二七年東インド評議会員外参事、翌年正参事となり、四〇年より事務
- ○)(1679)アルクマール生まれ。一六二七
- 年商務助手としてバタフィアへ来着。一六
- 総長、四五年ディーメンの没後、五〇年まで東インド総督を務めた
頭注
- 司令官とし
- 帰国船団副
- てハールレ
- アン・デル
- フィア出発
- 事務総長フ
- 喜望王峰
- ム号でバタ
- 価
- セント・へ
- レイン
- レナ島
- 金鎖
- 業績への評
柱
- 附録十
ノンブル
- 八七
注記 (35)
- 452,561,64,2322述の総督閣下の命令に従い(許可を得てから)、私は手荷物とともにニウ・ゼーランディア号
- 556,557,64,2324充分に水を補給し、四月三日に同地を出発、四月二十日にセント・へレナ島へ到着、同地で前
- 660,559,63,2317前述の船団の副司令官に任命され、同日出帆しました。三月三十日には喜望峰に至り、そこで
- 1179,553,62,2333帰国船団司令官として出発し、当地〔バタフィア〕には、ニウ・ハールレム号とバンダ号が停
- 1802,556,59,2320うようにバタフィアに到着し)母国へ帰ってよいという約束を思い出させ、この件はいくらか
- 349,396,63,2485ランデに乗り換えました。我々はここでいくらか休泊したいと思っていましたが、ハールレム号は同
- 1698,482,61,2385許の話し合いの末、遂に許可され、閣下等から、月額一八〇グルデンの給与を受け取れる権利と、
- 1593,556,60,2320日本の事業を閣下方の満足のいくよう指揮し、再び良い状態をもたらしたことに対して、レア
- 763,560,65,2318(本書翰に第九号として写しを添付してある)証書に見られるように、二隻の船の司令官及び
- 1074,556,63,2294泊地に残っていました。〔私は〕このハールレム号に〔乗り〕(総督閣下の命令により)一月一
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- 971,555,69,1483十一日、事務総長コルネリス・ファン・デル・レイン閣下〓
- 898,574,46,1345二七年東インド評議会員外参事、翌年正参事となり、四〇年より事務
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