『大日本古文書』 幕末外国関係文書 48 文久1年1月 p.18

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いかを恐れた。彼はすぐさま、プチャーチンとムラヴィヨフが自らを置いた状況の相違を思, ろう。しかしながら、それを貴方が完全に了解するために、私は若干の説明を貴方にしてお, ことから政治的問題が發生しないか、特に、このことが我々と日本人との間の爭いにならな, この成り行きを大變嬉しく思い、即座に、我々にとっては有り難いことだ、と同意した。こ, るということはいけないことなのだろうか、と述べて話を終えた。私は、當然のことながら、, 私に懇請し、この件は外交案件としてではなく、純粋に海軍案件として、リハチョフに委ね, かって讀みあげた。皇帝は直ちにそれを理解し、對馬の現實的重要性の總てを理解した。ゴ, 決して希望しない、とゴルチヤコフは語った。彼は、この件から自分を解放してくれるよう, れが何故に私が、本件は海軍上の取引の性格をもたせねばならず、外交上の協約ではないと, ルチャコフもまた、この重要性を認めざるを得なかった。しかし、いつもの彼の癖で、この, かなくてはならない。私は七月二十二日、ゴルチャコフのいる前で、貴方の覺書を皇帝に向, ことが誰に委任されるか全く知らないが、あれがイグナチエフに任せられるとしたら、彼は, い出した。プチャーチンは日本人と平和に過ごし、日本人と調和したが、ムラヴィヨフはア, ニワに關する問題を惹き起こし、すんでのところで、日本人と爭うところだった、と。この, 同地ニテ日露和親條約ヲ締結ス), (嘉永六年七月十八日、パルラダ號二搭乘シ長崎來航、安政元年十月十五日下田來航、偶地震二遭フ、又、同年十二月二十一日, 月二十日軍艦六艘ヲ率ヒ品川二到ル、樺太國境劃定ヲ談判スレド合意セズ)(同年七月二十七日、モフェト少尉他二名、横濱ニテ殺傷ヤ, (シベリア總督、安政六年七, ニワに關する問題を惹き起こし、すんでのところで、日本人と爭うところだった、と。この, 案セリ, ヲ同封ス, ル二反對セ, ヲ付ス, イ氏ニ託ス, 海軍案件ト, 我右二同意, 付公式文書, ノ紛爭ヲ恐, 理解セリ, 右二付説明, 託スルヲ提, 對馬案件ヲ, 外相日本ト, シテ貴下ニ, レケリ, ノ重要性ヲ, 皇帝ハ對馬, ス, リ, 文久元年正月, 一八

割注

  • 同地ニテ日露和親條約ヲ締結ス)
  • (嘉永六年七月十八日、パルラダ號二搭乘シ長崎來航、安政元年十月十五日下田來航、偶地震二遭フ、又、同年十二月二十一日
  • 月二十日軍艦六艘ヲ率ヒ品川二到ル、樺太國境劃定ヲ談判スレド合意セズ)(同年七月二十七日、モフェト少尉他二名、横濱ニテ殺傷ヤ
  • (シベリア總督、安政六年七
  • ニワに關する問題を惹き起こし、すんでのところで、日本人と爭うところだった、と。この

頭注

  • 案セリ
  • ヲ同封ス
  • ル二反對セ
  • ヲ付ス
  • イ氏ニ託ス
  • 海軍案件ト
  • 我右二同意
  • 付公式文書
  • ノ紛爭ヲ恐
  • 理解セリ
  • 右二付説明
  • 託スルヲ提
  • 對馬案件ヲ
  • 外相日本ト
  • シテ貴下ニ
  • レケリ
  • ノ重要性ヲ
  • 皇帝ハ對馬

  • 文久元年正月

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  • 一八

注記 (41)

  • 1235,712,54,2239いかを恐れた。彼はすぐさま、プチャーチンとムラヴィヨフが自らを置いた状況の相違を思
  • 1837,711,54,2243ろう。しかしながら、それを貴方が完全に了解するために、私は若干の説明を貴方にしてお
  • 1353,709,55,2246ことから政治的問題が發生しないか、特に、このことが我々と日本人との間の爭いにならな
  • 387,706,56,2245この成り行きを大變嬉しく思い、即座に、我々にとっては有り難いことだ、と同意した。こ
  • 508,707,55,2239るということはいけないことなのだろうか、と述べて話を終えた。私は、當然のことながら、
  • 630,702,55,2246私に懇請し、この件は外交案件としてではなく、純粋に海軍案件として、リハチョフに委ね
  • 1599,710,52,2240かって讀みあげた。皇帝は直ちにそれを理解し、對馬の現實的重要性の總てを理解した。ゴ
  • 752,702,55,2253決して希望しない、とゴルチヤコフは語った。彼は、この件から自分を解放してくれるよう
  • 264,704,61,2247れが何故に私が、本件は海軍上の取引の性格をもたせねばならず、外交上の協約ではないと
  • 1476,715,51,2235ルチャコフもまた、この重要性を認めざるを得なかった。しかし、いつもの彼の癖で、この
  • 1716,708,55,2251かなくてはならない。私は七月二十二日、ゴルチャコフのいる前で、貴方の覺書を皇帝に向
  • 873,706,52,2247ことが誰に委任されるか全く知らないが、あれがイグナチエフに任せられるとしたら、彼は
  • 1113,710,53,2236い出した。プチャーチンは日本人と平和に過ごし、日本人と調和したが、ムラヴィヨフはア
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  • 1166,978,39,1972(嘉永六年七月十八日、パルラダ號二搭乘シ長崎來航、安政元年十月十五日下田來航、偶地震二遭フ、又、同年十二月二十一日
  • 957,705,38,2240月二十日軍艦六艘ヲ率ヒ品川二到ル、樺太國境劃定ヲ談判スレド合意セズ)(同年七月二十七日、モフェト少尉他二名、横濱ニテ殺傷ヤ
  • 1077,2528,36,427(シベリア總督、安政六年七
  • 996,704,50,2236ニワに關する問題を惹き起こし、すんでのところで、日本人と爭うところだった、と。この
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