『大日本古文書』 幕末外国関係文書 49 文久1年2月 p.321

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全期間、クリッパー艦には病人は存在しなかった。, 取の件, 錨、風は向かい風でとても強かったので、漸く二時になって横濱碇泊地に投錨した。領事の, 希望に從い、三月八日江戸に移動した。, し北にあることが判明した。九時に凪になったので、蒸氣を焚いて相模岬まで航行し、そこ, れていると考え、このため、一晩中岸に沿いながら、七ノットまでのスピードを保ち續け、, で岸から四分の三マイル、水深十二サージェンのところで投錨した。翌日夜明けとともに拔, 三月五日の夜明けにはキヌ岬の位置を測定した。また我々の所在位置は考えていたよりも少, 八一二月十一日外國掛目付上申書老中へ測量圖寫, 模岬ニテ投, 戸へ移動, 一月七日相, 二月八日横, 濱著十日江, 航ス, 以後沿岸走, 錨, 病人無シ, (表右筆、大久保), 錬三郎, (付箋), 文久元年二月, 三二一, 文久元年二月

頭注

  • 模岬ニテ投
  • 戸へ移動
  • 一月七日相
  • 二月八日横
  • 濱著十日江
  • 航ス
  • 以後沿岸走
  • 病人無シ
  • (表右筆、大久保)
  • 錬三郎
  • (付箋)

  • 文久元年二月

ノンブル

  • 三二一
  • 文久元年二月

注記 (24)

  • 1176,682,53,1233全期間、クリッパー艦には病人は存在しなかった。
  • 493,819,76,228取の件
  • 1415,625,59,2266錨、風は向かい風でとても強かったので、漸く二時になって横濱碇泊地に投錨した。領事の
  • 1299,628,51,956希望に從い、三月八日江戸に移動した。
  • 1659,635,56,2258し北にあることが判明した。九時に凪になったので、蒸氣を焚いて相模岬まで航行し、そこ
  • 1902,638,56,2220れていると考え、このため、一晩中岸に沿いながら、七ノットまでのスピードを保ち續け、
  • 1539,629,55,2266で岸から四分の三マイル、水深十二サージェンのところで投錨した。翌日夜明けとともに拔
  • 1782,631,54,2262三月五日の夜明けにはキヌ岬の位置を測定した。また我々の所在位置は考えていたよりも少
  • 622,739,77,2160八一二月十一日外國掛目付上申書老中へ測量圖寫
  • 1756,320,38,213模岬ニテ投
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