『大日本古文書』 幕末外国関係文書 49 文久1年2月 p.409

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

であり、水底は石と砂である。この岬から航路は四國により近い淡路島(*)の南端に向かう, であるが、南西風から入江を隱している人工の防波堤の向こうに進むと、水深はすぐに岸の, る。村の近くに、和船のための港を形造っている他の防波堤が建設されている。, のである。というのは、水先案内人によれば、本州島から二十五マイルのところには、水深, 五サージェンである。この入江の景色は非常に美しく、入江は殆ど全ての風から守られてい, を通過した。この島の東端に高さが約七百フィートの圓錐形の山があり、航路はそこから約, ンのところに錨を下ろした。この入江に接近している時は、水深はつねに五・六サージェン, 近くで十三フィートにまで減少する。防波堤から五十サージェンのところでは、水深は四・, 二百五十サージェンの距離のところにある。水深は至るところで十九から二十五サージェン, では水深は七から十サージェンである。夕刻に本州の鞆の浦に入り、そこで水深三サージェ, が五から二フィートという淺瀬が存在するからである。夕刻五時過ぎに淡路島の北西側にあ, るススケザオームラの入江に投錨した。それは植物に覆われた砂地の險しい岬によって容易, 三月五日朝五時に拔錨し、蒸氣を焚きつつ航行を續けた。午後二時に小豆島南端の〓出部, に氣づくことができる。, 二投錨, 淡路北西岸, 鞆ノ浦ニ投, 小豆島通過, 錨, 文久元年二月, 四〇九

頭注

  • 二投錨
  • 淡路北西岸
  • 鞆ノ浦ニ投
  • 小豆島通過

  • 文久元年二月

ノンブル

  • 四〇九

注記 (21)

  • 810,624,54,2261であり、水底は石と砂である。この岬から航路は四國により近い淡路島(*)の南端に向かう
  • 1661,626,52,2258であるが、南西風から入江を隱している人工の防波堤の向こうに進むと、水深はすぐに岸の
  • 1296,629,54,1947る。村の近くに、和船のための港を形造っている他の防波堤が建設されている。
  • 689,628,54,2257のである。というのは、水先案内人によれば、本州島から二十五マイルのところには、水深
  • 1418,625,54,2255五サージェンである。この入江の景色は非常に美しく、入江は殆ど全ての風から守られてい
  • 1053,619,53,2267を通過した。この島の東端に高さが約七百フィートの圓錐形の山があり、航路はそこから約
  • 1783,631,52,2250ンのところに錨を下ろした。この入江に接近している時は、水深はつねに五・六サージェン
  • 1539,620,54,2249近くで十三フィートにまで減少する。防波堤から五十サージェンのところでは、水深は四・
  • 932,623,53,2257二百五十サージェンの距離のところにある。水深は至るところで十九から二十五サージェン
  • 1904,623,54,2250では水深は七から十サージェンである。夕刻に本州の鞆の浦に入り、そこで水深三サージェ
  • 567,619,54,2266が五から二フィートという淺瀬が存在するからである。夕刻五時過ぎに淡路島の北西側にあ
  • 445,625,54,2262るススケザオームラの入江に投錨した。それは植物に覆われた砂地の險しい岬によって容易
  • 1174,678,54,2209三月五日朝五時に拔錨し、蒸氣を焚きつつ航行を續けた。午後二時に小豆島南端の〓出部
  • 328,625,49,564に氣づくことができる。
  • 539,319,39,117二投錨
  • 582,313,38,211淡路北西岸
  • 1916,314,40,210鞆ノ浦ニ投
  • 1190,316,37,208小豆島通過
  • 1875,315,42,35
  • 200,786,45,330文久元年二月
  • 201,2362,42,137四〇九

類似アイテム