『大日本古文書』 幕末外国関係文書 49 文久1年2月 p.402

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(*)下關海峽はオランダ地圖でのファン・デル・カペーレン海峽のこと。, 示され、島々の多くの部分は地圖に載せられておらず、記載されている内の少數のものだけ, エンまで深くなっていく。この地帶では二百から二百五十サージェンまで左岸(*)に寄らね, この地より淡路島までの間は、船にある地圖の諸記載は全く役に立たない。沿岸は不正確に, が名〓を附されている。ここでは、現時點においては、水先案内人の指示が不可缺のもので, ばならない。, づいた。, これは長崎から太平洋への出口までクリッパー艦が辿った全航路のなかで唯一の淺洲である。, りの大きくはない柱が据えられている。そこは五分の一海里ほどの距離をとって通過しなけ, では八サージェンから十六フィートまで水深が急に淺くなっていき、その後すぐ十一サージ, (*)つまり本州島の岸の側である。, ある。下關海峽に接近すると、九州の北の部分から砂洲が北に向かって廣がっており、そこ, ればならない(*)。水深は八~九サージェンである。, 下關の町に著く以前に、右手に目立つ岩が存在する。その上に三角形の屋根の付いた石造, ハ役立ズ, 内海二海圖, 岩礁アリ, 依存ス, ユシベノシ, 水先案内ニ, 文久元年二月, 四〇二

頭注

  • ハ役立ズ
  • 内海二海圖
  • 岩礁アリ
  • 依存ス
  • ユシベノシ
  • 水先案内ニ

  • 文久元年二月

ノンブル

  • 四〇二

注記 (22)

  • 1670,625,48,1525(*)下關海峽はオランダ地圖でのファン・デル・カペーレン海峽のこと。
  • 1422,624,55,2259示され、島々の多くの部分は地圖に載せられておらず、記載されている内の少數のものだけ
  • 935,627,59,2259エンまで深くなっていく。この地帶では二百から二百五十サージェンまで左岸(*)に寄らね
  • 1540,625,58,2256この地より淡路島までの間は、船にある地圖の諸記載は全く役に立たない。沿岸は不正確に
  • 1300,619,56,2265が名〓を附されている。ここでは、現時點においては、水先案内人の指示が不可缺のもので
  • 824,618,47,291ばならない。
  • 1792,624,48,174づいた。
  • 572,621,57,2287これは長崎から太平洋への出口までクリッパー艦が辿った全航路のなかで唯一の淺洲である。
  • 330,620,55,2259りの大きくはない柱が据えられている。そこは五分の一海里ほどの距離をとって通過しなけ
  • 1058,620,57,2259では八サージェンから十六フィートまで水深が急に淺くなっていき、その後すぐ十一サージ
  • 701,623,44,716(*)つまり本州島の岸の側である。
  • 1180,621,54,2257ある。下關海峽に接近すると、九州の北の部分から砂洲が北に向かって廣がっており、そこ
  • 211,623,54,1284ればならない(*)。水深は八~九サージェンである。
  • 450,672,56,2211下關の町に著く以前に、右手に目立つ岩が存在する。その上に三角形の屋根の付いた石造
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