『大日本古文書』 幕末外国関係文書 49 文久1年2月 p.406

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この姫島までの航路では、水深十七から二十四サージェンで、海底は砂である。, 通って周防灘に入ろうとするには、半マイルまでは右岸に沿って進まねばならない。水深は, 出口の岬を南西七十度、ボリショイ・フトイ島を北東五十度の方位に定めれば、水面下の岩, 十から五サージェンの筈である。同地の海底は砂と軟泥である。岬(*)を通過するには、そ, ば、水深が十五フィート以上はない淺瀬が廣がっているからである。海底は岩である(*)。, イルの距離を保たなければならない。なぜならこれらの岬からは、水先案内人の指示に從え, れに南西七十度より少くない角度で向かわなければならない。蓋し、上述の水面下の岩はこ, の岬より北東六十七度、四マイルの距離にあり、他方ボリショイ・フトイ島(**)からは南, 西五十五度のところにある。, (*)當地をクリッパー艦ナエーズドニク艦に乘り、真っ暗で惡天候の夜通過した時、我々は姫島と下關海, (**)シーボルトの地圖では滿珠島, 〓日、三月三日、朝六時に拔錨し、蒸氣を焚きながら周防灘への出口に向かった。海峽を, は通り拔けられるだろう。出口の岬を通り、マタヤマ岬とミサキ岬からは、十ないし十一マ, (*)シーボルトの地圖では早鞆岬, 周防灘二入, ラントス, 位ヲ定ム, 岬通過ノ方, 文久元年二月, 四〇六

頭注

  • 周防灘二入
  • ラントス
  • 位ヲ定ム
  • 岬通過ノ方

  • 文久元年二月

ノンブル

  • 四〇六

注記 (20)

  • 311,620,57,1953この姫島までの航路では、水深十七から二十四サージェンで、海底は砂である。
  • 1647,608,57,2272通って周防灘に入ろうとするには、半マイルまでは右岸に沿って進まねばならない。水深は
  • 799,611,56,2273出口の岬を南西七十度、ボリショイ・フトイ島を北東五十度の方位に定めれば、水面下の岩
  • 1525,612,58,2267十から五サージェンの筈である。同地の海底は砂と軟泥である。岬(*)を通過するには、そ
  • 432,619,59,2264ば、水深が十五フィート以上はない淺瀬が廣がっているからである。海底は岩である(*)。
  • 555,618,57,2264イルの距離を保たなければならない。なぜならこれらの岬からは、水先案内人の指示に從え
  • 1404,616,57,2265れに南西七十度より少くない角度で向かわなければならない。蓋し、上述の水面下の岩はこ
  • 1283,617,57,2262の岬より北東六十七度、四マイルの距離にあり、他方ボリショイ・フトイ島(**)からは南
  • 1160,613,53,679西五十五度のところにある。
  • 191,623,52,2265(*)當地をクリッパー艦ナエーズドニク艦に乘り、真っ暗で惡天候の夜通過した時、我々は姫島と下關海
  • 923,620,45,748(**)シーボルトの地圖では滿珠島
  • 1769,677,56,2204〓日、三月三日、朝六時に拔錨し、蒸氣を焚きながら周防灘への出口に向かった。海峽を
  • 677,611,56,2269は通り拔けられるだろう。出口の岬を通り、マタヤマ岬とミサキ岬からは、十ないし十一マ
  • 1044,618,46,699(*)シーボルトの地圖では早鞆岬
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