『大日本古文書』 幕末外国関係文書 49 文久1年2月 p.412

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業の盛んな都市が近いことを物語っていた。, と建物の屋根の間に、大きな和船の數多くの帆柱を見ることができた。あらゆることが、大きくて商, らかとなった(*)。, 河へのもう一つの入口があるが、砂州の水深は、水先案内人の指摘に從えば、七から七・五, 東から西を廻って南南東まで圍まれている(*)。, 南にあるのが木津川と呼ばれている。河口から河口までの岸は人造の堤で防御されており、航路は村, この淀川は二つの主要な河口から海に注いでいる。水先案内人の指摘によれば、北にあるのが安治川、, によって巧妙な仕方で判るようになっている。低い岸のずつと向こうの河の中あちらこちらに、村々, ず測鉛を投下し續けたが、水深はあらゆる方向でも二十五から二十フィートであることが明, フィートである。大坂岬からこの岬への航路は、岸に沿いつつの穩やかな行程であり、絶え, (*)大坂の町は、その河口から日本里で三・五里(約八から九マイル)の距離のところに位置しているが、, 方にある由良の入江に投錨した。島の北東側は水深十一サージェンである。この入江は北北, この岸を觀察した後、淡路島の東の海峽に向け航路をとった。五時ちょっと過ぎに海峽の北, (*)この碇泊地は淡路島の東端にあり、内海の狹まったところへの入口に臨み、非常に有利な位置を占め, 走航ス, 商業都市ナ, 大坂ハ淀川, 測深シツツ, 河口二近シ, 由良ニ投錨, ラン, 文久元年二月, 四一二

頭注

  • 走航ス
  • 商業都市ナ
  • 大坂ハ淀川
  • 測深シツツ
  • 河口二近シ
  • 由良ニ投錨
  • ラン

  • 文久元年二月

ノンブル

  • 四一二

注記 (23)

  • 691,728,44,914業の盛んな都市が近いことを物語っていた。
  • 811,730,45,2169と建物の屋根の間に、大きな和船の數多くの帆柱を見ることができた。あらゆることが、大きくて商
  • 1416,635,50,452らかとなった(*)。
  • 1776,630,55,2270河へのもう一つの入口があるが、砂州の水深は、水先案内人の指摘に從えば、七から七・五
  • 322,632,52,1178東から西を廻って南南東まで圍まれている(*)。
  • 1053,726,46,2175南にあるのが木津川と呼ばれている。河口から河口までの岸は人造の堤で防御されており、航路は村
  • 1174,733,45,2155この淀川は二つの主要な河口から海に注いでいる。水先案内人の指摘によれば、北にあるのが安治川、
  • 932,734,45,2158によって巧妙な仕方で判るようになっている。低い岸のずつと向こうの河の中あちらこちらに、村々
  • 1535,630,52,2268ず測鉛を投下し續けたが、水深はあらゆる方向でも二十五から二十フィートであることが明
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  • 1297,637,45,2252(*)大坂の町は、その河口から日本里で三・五里(約八から九マイル)の距離のところに位置しているが、
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