『大日本古文書』 幕末外国関係文書 49 文久1年2月 p.387

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進んでいくことを可能にした。, くとともに、全行程を見張ることはできないので、五ノットまでに速度は落された。暗黒で, 蒸氣を焚きながら航海を續けた。その後スクリューを引揚げ、馬鞍群島の緯度のところで間, ッパー艦が上海を出航したのと同じ時刻に呉淞を拔錨したのである。北北東からの強い逆風, が二十五日まで續き、それから氣壓の低下とともに風は東、更に南東に轉じ、現在の航路で, 後、私は艦隊經營上の若干の準備のため、上海にあと一週間滯在せざるを得なかった。そし, いう正反對の方向からの〓風の後に、風は西風となった。これとともに、氣壓計は上昇しは, 午後二時半、揚子江への入口を示す燈臺船を通り過ぎたが、逆風を受けたので、夜半まで, 切り始めた。二十三日朝七時、輸送船ヤポーネツ號を發見し、その風上に出た。同船はクリ, じめた。二十六日は一日中、クリッパー艦は八から十ノットで航行した。だが、夕闇が近づ, マイデル海軍大尉指揮のもと、ロシアに歸國する諸艦を一月十五日に上海から出航させた, 二十五日の夜、風は靜まり、どしゃ降りの雨が降りはじめ、幾回かの、北西風や南東風と, 於上海、一八六一年四月九日, て二十二日夜明けとともに、クリッパー艦ナエーズドニク號の錨をあげた。, (十二月二十七日), (十二月二十四日), て二十二日夜明けとともに、クリッパー艦ナエーズドニク號の錨をあげた。, ナ號二ヨリ, ヤ號ト遭遇, 上海出發, 荒天トナル, ス, 文久元年二月, 三八七

割注

  • (十二月二十七日)
  • (十二月二十四日)
  • て二十二日夜明けとともに、クリッパー艦ナエーズドニク號の錨をあげた。

頭注

  • ナ號二ヨリ
  • ヤ號ト遭遇
  • 上海出發
  • 荒天トナル

  • 文久元年二月

ノンブル

  • 三八七

注記 (24)

  • 807,609,51,734進んでいくことを可能にした。
  • 312,599,59,2272くとともに、全行程を見張ることはできないので、五ノットまでに速度は落された。暗黒で
  • 1285,606,60,2267蒸氣を焚きながら航海を續けた。その後スクリューを引揚げ、馬鞍群島の緯度のところで間
  • 1041,623,60,2250ッパー艦が上海を出航したのと同じ時刻に呉淞を拔錨したのである。北北東からの強い逆風
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