『大日本古文書』 幕末外国関係文書 50 文久1年2月 p.320

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内側を進んでいったが、燈臺から七マイルのところで、二時三十分曇天と雨のため進むこと, り、勢いを強め、再び艦は全ての帆を〓むことを餘儀なくされた。時化の間の艦内の増水は, き燈臺の方向に針路を取った。十一時に水先案内人がやってきたので乘艦させ、浮き燈臺の, を認めたが、間もなく再び見えなくなった。しかし、島影をたよりに艦の位置を決定し、浮, 雨も止み晴れ上がってきた。日沒と同時に完全に凪ぎの状態になった。翌日も穩やかな天候, なかった。眞夜中になって風はおさまり始め、北西から吹いてはいたが、風向きは一ポイン, トも定まらなかった。二十一日の午前八時には再び中檣帆と一杯に揚げた第三〓帆で帆走、, だったので、それを利用して砲術訓練と戰圖配置表の點檢を行った。二十三日の夜明け前、, 第三〓帆を上げることができるくらいまでに靜まったが、午後四時には徐々に北向きに變わ, 十二時間で十一インチに達した。通常の状況下で順風の場合は一晝夜でも十一インチは超え, ができなくなり、六サージェンの深さに錨を降ろした。二十四日は早朝から北西の風で雲が, 拂われ始めた。水平線が十分に晴れ上がった八時前に帆走を開始、午後二時三十分に呉淞に, 雨天の中サドル諸島に接近した。更に走行を續けるうちに、雲天と雨の向こうにグツラフ島, 錨を降ろした。, 呉淞投錨, 時化, 文久元年二月, 三二〇, 文久元年二月

頭注

  • 呉淞投錨
  • 時化

  • 文久元年二月

ノンブル

  • 三二〇
  • 文久元年二月

注記 (19)

  • 596,645,56,2240内側を進んでいったが、燈臺から七マイルのところで、二時三十分曇天と雨のため進むこと
  • 1704,646,57,2241り、勢いを強め、再び艦は全ての帆を〓むことを餘儀なくされた。時化の間の艦内の増水は
  • 720,646,54,2238き燈臺の方向に針路を取った。十一時に水先案内人がやってきたので乘艦させ、浮き燈臺の
  • 843,644,54,2246を認めたが、間もなく再び見えなくなった。しかし、島影をたよりに艦の位置を決定し、浮
  • 1209,644,54,2244雨も止み晴れ上がってきた。日沒と同時に完全に凪ぎの状態になった。翌日も穩やかな天候
  • 1457,645,54,2235なかった。眞夜中になって風はおさまり始め、北西から吹いてはいたが、風向きは一ポイン
  • 1333,645,54,2202トも定まらなかった。二十一日の午前八時には再び中檣帆と一杯に揚げた第三〓帆で帆走、
  • 1087,642,53,2207だったので、それを利用して砲術訓練と戰圖配置表の點檢を行った。二十三日の夜明け前、
  • 1828,640,57,2245第三〓帆を上げることができるくらいまでに靜まったが、午後四時には徐々に北向きに變わ
  • 1579,644,57,2244十二時間で十一インチに達した。通常の状況下で順風の場合は一晝夜でも十一インチは超え
  • 471,646,57,2235ができなくなり、六サージェンの深さに錨を降ろした。二十四日は早朝から北西の風で雲が
  • 344,644,57,2237拂われ始めた。水平線が十分に晴れ上がった八時前に帆走を開始、午後二時三十分に呉淞に
  • 964,642,55,2243雨天の中サドル諸島に接近した。更に走行を續けるうちに、雲天と雨の向こうにグツラフ島
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