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船も訪れたことがなく、非常に幅が廣く、航行に關する特別の危險は存在していない。二十, 四日夜二時に、變化していた水深が、我々が闇黒の中で航路から外れたことを示したので、, ずに北端を迂回することは不可能であることを示したので、私は南下して南側から廻ってい, に拔錨し、日本海に入るので、水先案内人たちに暇を出した。コルヴェット艦ポサードニク, 號發見を豫想した對馬に寄ることを望み、私は同島より北方に航路を取り、夜、強い北東風, 海峽は、私の知る限り、クリッパー艦ナエーズドニク號の時まで、いかなるヨーロッパの艦, ないことが判った。滿潮を待った上で我々は他の場所に移動し、翌二十六日、夜明けととも, に際し、同島の北端に向け進んでいった。しかし夜明けは我々がそれより南にあり、間切ら, 錨した。極めて強い北風に際し、錨索を次第に緩めている時、クリッパー艦は自らが淺瀬の, 上にあることに氣がついた。それは知られておらず、引潮時には僅か十フィートの水深しか, くことを選んだ。十一時にこの南端を通過し、蒸氣機關を始動させ、午後四時に對馬の西側, 四サージェンの水深の所で投錨した。二十五日朝五時、再度拔錨し、八時に下關碇泊地で投, に位置する廣々として素晴らしく美しい入江に投錨した。そこにおいて我々は三月一日當地, 位置する豐後侯國の名称に從い、クルーゼンシュテルンにより豐後海峽と呼ばれているこの, (文久元年二月三日), (二月十七日), 對馬へ向ケ, 下關投錨, 同地ニテ水, 夫ヲ下艦セ, 西岸ヨリ淺, 司島ヲ南下, 同二十七日, 北上ス, 茅灣二入ル, シム, 文久元年二月, 三九七
頭注
- 對馬へ向ケ
- 下關投錨
- 同地ニテ水
- 夫ヲ下艦セ
- 西岸ヨリ淺
- 司島ヲ南下
- 同二十七日
- 北上ス
- 茅灣二入ル
- シム
柱
- 文久元年二月
ノンブル
- 三九七
注記 (28)
- 1645,625,60,2259船も訪れたことがなく、非常に幅が廣く、航行に關する特別の危險は存在していない。二十
- 1524,626,60,2224四日夜二時に、變化していた水深が、我々が闇黒の中で航路から外れたことを示したので、
- 552,630,59,2259ずに北端を迂回することは不可能であることを示したので、私は南下して南側から廻ってい
- 915,635,60,2253に拔錨し、日本海に入るので、水先案内人たちに暇を出した。コルヴェット艦ポサードニク
- 793,630,62,2262號發見を豫想した對馬に寄ることを望み、私は同島より北方に航路を取り、夜、強い北東風
- 1766,626,64,2258海峽は、私の知る限り、クリッパー艦ナエーズドニク號の時まで、いかなるヨーロッパの艦
- 1038,630,59,2255ないことが判った。滿潮を待った上で我々は他の場所に移動し、翌二十六日、夜明けととも
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- 1279,622,63,2263錨した。極めて強い北風に際し、錨索を次第に緩めている時、クリッパー艦は自らが淺瀬の
- 1160,630,60,2260上にあることに氣がついた。それは知られておらず、引潮時には僅か十フィートの水深しか
- 431,635,61,2263くことを選んだ。十一時にこの南端を通過し、蒸氣機關を始動させ、午後四時に對馬の西側
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