『大日本古文書』 幕末外国関係文書 50 文久1年2月 p.321

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私は了承した。その他に住職は、障子も疊も全て張り替えることを約束した。, たが、呉淞に到著後すぐ太索を購入し、細ロープの卷き直しに取り掛かった。, 何か所か切れていることが分かった。私の推測では、細ロープに使用した太索はかつてツー, 艦隊長の指令に從って、長崎の病院を引き揚げる際にシーツと食器類は艦に積み込み、べ, 常駐し上記の品物の保全に當たる管理人に、一分銀二十を支拂った。, 浮揚凾を解體する際、全ての釘とボルトおよび板六十枚は艦に積み、殘りの板と丸太計, ロンで購入したもので、恐らく店晒し品であったと思われるが、艦を武裝し直した際に不良, ッドと食卓およびその他の家具類は悟眞寺に置いて、預けた物品の數量についての受領書を, ○○點およびコルヴェット艦ヴォエヴォダ號が運んできた中檣材は平戸小屋村の納屋のひと, 寺の住職から貰った。住職には五十ドルを支拂い、住職は、品物は全て然るべき形で保管し、, 品として廢棄することができなかったものである。私は、細ロープに手當てをし航海を續け, つにまとめて置き、保管を稻佐村の村長に委託した。一方、かつて我々が使用していた家に, 寺の改築はしないことを約束したが、ただ、寺の兩端の戸を切り拔きたいと申し出たので、, 二十日、時化が過ぎた後、索類と圓材を點檢した結果、大檣の支え索の表面の細ロープが, 委託, 船材保管ハ, ニ家具類預, 長崎悟眞寺, ケ置ケリ, 稻佐村長ニ, 文久元年二月, 三二一

頭注

  • 委託
  • 船材保管ハ
  • ニ家具類預
  • 長崎悟眞寺
  • ケ置ケリ
  • 稻佐村長ニ

  • 文久元年二月

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  • 三二一

注記 (22)

  • 843,641,54,1888私は了承した。その他に住職は、障子も疊も全て張り替えることを約束した。
  • 1464,646,55,1883たが、呉淞に到著後すぐ太索を購入し、細ロープの卷き直しに取り掛かった。
  • 1833,646,56,2239何か所か切れていることが分かった。私の推測では、細ロープに使用した太索はかつてツー
  • 1336,698,58,2177艦隊長の指令に從って、長崎の病院を引き揚げる際にシーツと食器類は艦に積み込み、べ
  • 351,636,55,1669常駐し上記の品物の保全に當たる管理人に、一分銀二十を支拂った。
  • 720,700,55,2165浮揚凾を解體する際、全ての釘とボルトおよび板六十枚は艦に積み、殘りの板と丸太計
  • 1711,654,54,2234ロンで購入したもので、恐らく店晒し品であったと思われるが、艦を武裝し直した際に不良
  • 1214,655,55,2235ッドと食卓およびその他の家具類は悟眞寺に置いて、預けた物品の數量についての受領書を
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  • 1087,641,58,2264寺の住職から貰った。住職には五十ドルを支拂い、住職は、品物は全て然るべき形で保管し、
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