『大日本古文書』 幕末外国関係文書付録 1 (附録之一) p.450

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を辭しかへり、斐三郎と對酌し、爛醉して寢ぬ、, なるへし、但し國書を渡し候前、一應の會議ありて、後御渡しになるへきやも, んと云ヂ箇條の内、唐太島を佛蘭西人五十年前に犯せしに、我より支那へ申, はのられすいまた其事は聞及はす、」榮の助の遭厄紀事の内かひたんに讀せ, いまた公事をは互に語らさるよし、これはいまた國書此地に著せさるの故, 入られ、支那人佛法西を諭して、兵を解かしめ、唐太島は、永く我と支那との有, しと申せは、これはこはとわりりと思ひ、司農へ其旨備に語りしに、尤なりと, 役所へ俄羅斯人呼上け、相見の事あるへき議を爲すよし、但し相見まてニて, に繙譯させ指出すへ, 出たらんには、猶更五十度以南は我属島たること論を待さるへし、黄昏司農, となりぬ、と〓へることありと語りぬ、甚た恠しき事なれと、若し其事書中に, は司農の宅へ、筒井大澤豐後水野筑前古賀謹一郎なと會同して、來十四日西, い〓はれぬ、明十三日の午後まてには、譯書さし出すへしと云ひ別れ去る、」今日, するにたらされは、出島のドンクル○キユルチウス, 申しぬといはれぬ、又遭厄紀事の英書は、榮か自讀たりとも、我人のために證, 來寓三實寺、行滿腹飽烟霞、僧俗樓空大、斐酒香人自講、雨來瀑泉響、仔鳥去竹, ○此條二附箋アリ、, 左ノ聯句ヲ記ス、, 總督, 貿易, 遭厄紀事, 記事, 中唐太島, テノ會議, 西役所應, 接ニツキ, ニ關スル, 箕作西征紀行, 四五〇

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  • ○此條二附箋アリ、
  • 左ノ聯句ヲ記ス、
  • 總督
  • 貿易

頭注

  • 遭厄紀事
  • 記事
  • 中唐太島
  • テノ會議
  • 西役所應
  • 接ニツキ
  • ニ關スル

  • 箕作西征紀行

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  • 四五〇

注記 (29)

  • 295,586,60,1364を辭しかへり、斐三郎と對酌し、爛醉して寢ぬ、
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  • 764,581,60,2303んと云ヂ箇條の内、唐太島を佛蘭西人五十年前に犯せしに、我より支那へ申
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