『大日本古文書』 幕末外国関係文書付録 1 (附録之一) p.499

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ケ島邊へ七艘來れり、但シ何レの船なるや、未た分明ならすと云へり、如是く, 既に此風評ありとそ、主人又曰く、此土の君小笠原氏へも、江戸邸とり告あり, 諸説紛々たれは、一定せされと、いつれ米里幹船浦賀に入りしには疑かのる, か、同十六日、不及其儀旨、松平和泉守とり御達しありしとし申來れり、又浦賀, 夫の斐三郎へ寄る書には、豆州沖へ異船去ル十二日相見へ、下田邊へ三艘、城, 異國船伊豆大島の邊に徘徊遊奕せれは、海岸防禦致すへきよし命せられし, と心に關な、しのれと旅亭主人の話には、十五日川路司農の泊せられしとき, へし、余等二人今猶三百里の外に在れは、急きたりとも、すへきよふなかるへ, 日浦賀入港のとし、飛脚申候旨、一々問屋場とり書付取りて出しぬ、元山藤太, 出立、又柳川飛脚は、正月十七日、江戸立、同廿七日、當地着、尤異船五艘正月十七, 又此地にて聞けは、彌利堅船五艘先月十五日比浦賀入津、都下鼎沸のとし、胛, 表異國船渡來ニ付、島原侯の早追飛脚大坂藏をしきより仕出したり、去月十, 後島原の急飛〓と經過して話したるとし、巷説紛々たり、若し實ならんには, 蘇山瓊浦幾悲歡、一穗孤燈客夢寒、定省有期暫分手、山陽南海路漫々、, 七日申半刻、大坂出立、此土同廿一日戌上刻到着、但し江戸表は、十三四五の比, (脚〓力), 入津ノコ, トヲ聞ク, 米船浦賀, 箕作西征紀行, 四九丸

頭注

  • 入津ノコ
  • トヲ聞ク
  • 米船浦賀

  • 箕作西征紀行

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  • 四九丸

注記 (21)

  • 494,564,59,2294ケ島邊へ七艘來れり、但シ何レの船なるや、未た分明ならすと云へり、如是く
  • 1430,556,58,2321既に此風評ありとそ、主人又曰く、此土の君小笠原氏へも、江戸邸とり告あり
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