『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 2 p.96

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

けし、況冷泉家の筆跡たれは亦坊間杜撰の書ならさる事知るへし、, 是そはしめなるへしといふ、又齋院の御事詳に其式を載、案るに、是書の傳來知るへか, らすといへとも、すてに應永の寫本あるときは、夫よりかみつかたの書たることあきら, 宇に勅願成就まし〳〵、寛治七年にくらへ馬をよせ奉らせ給ふよし所見なり、彼武徳殿, 泉羽林筆跡古本云々と記せり、賀茂皇太神宮鎭座の來由、四月午の日祓、未の日の祭式、, をつとめ給ふといふ、又朱雀院承平五年四月廿五日に行幸なり、諸社の行幸と申御事は, のおもかけをうつして勝負につけて樂を奏し、神寶等先以前にわたるなりと、十一月臨, 賀茂皇太神宮記一卷, 御社え臨時祭を奉る、關白昭宣公嫡男本院左大臣時平公いまた近衞中將と申ける時勅使, 五月五曰くらへ馬の神事、十一月臨時祭の濫觴をしるす、くらへ馬の神事は堀川院の御, 山の圖殊に細蜜、遠望の所々皆その地名を書す、, 時祭は下の酉の日なり、此御祭のおこりは宇多天皇寛平元年十一月下の酉の日始て賀茂, 撰人をあらはさす、卷末に應永廿一年三月下旬寫之畢と、又右此一貼者或人爲秘藏、冷, 刻本, 一册, 由來神事等ヲ, 賀茂社鎭座ノ, サズ, 奧〓, 應永二十一年, 記ス, 撰人ヲアラハ, 編脩地誌備用典籍解題卷之五, 九六

割注

  • 刻本
  • 一册

頭注

  • 由來神事等ヲ
  • 賀茂社鎭座ノ
  • サズ
  • 奧〓
  • 應永二十一年
  • 記ス
  • 撰人ヲアラハ

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之五

ノンブル

  • 九六

注記 (24)

  • 287,704,67,1692けし、況冷泉家の筆跡たれは亦坊間杜撰の書ならさる事知るへし、
  • 514,698,71,2245是そはしめなるへしといふ、又齋院の御事詳に其式を載、案るに、是書の傳來知るへか
  • 403,705,66,2236らすといへとも、すてに應永の寫本あるときは、夫よりかみつかたの書たることあきら
  • 1084,688,73,2254宇に勅願成就まし〳〵、寛治七年にくらへ馬をよせ奉らせ給ふよし所見なり、彼武徳殿
  • 1310,684,77,2272泉羽林筆跡古本云々と記せり、賀茂皇太神宮鎭座の來由、四月午の日祓、未の日の祭式、
  • 626,705,75,2236をつとめ給ふといふ、又朱雀院承平五年四月廿五日に行幸なり、諸社の行幸と申御事は
  • 972,699,71,2245のおもかけをうつして勝負につけて樂を奏し、神寶等先以前にわたるなりと、十一月臨
  • 1586,622,79,707賀茂皇太神宮記一卷
  • 738,694,76,2252御社え臨時祭を奉る、關白昭宣公嫡男本院左大臣時平公いまた近衞中將と申ける時勅使
  • 1195,688,76,2252五月五曰くらへ馬の神事、十一月臨時祭の濫觴をしるす、くらへ馬の神事は堀川院の御
  • 1773,686,65,1226山の圖殊に細蜜、遠望の所々皆その地名を書す、
  • 857,694,72,2251時祭は下の酉の日なり、此御祭のおこりは宇多天皇寛平元年十一月下の酉の日始て賀茂
  • 1425,686,73,2251撰人をあらはさす、卷末に應永廿一年三月下旬寫之畢と、又右此一貼者或人爲秘藏、冷
  • 1586,1377,43,84刻本
  • 1633,1385,42,73一册
  • 1202,297,40,257由來神事等ヲ
  • 1247,296,41,257賀茂社鎭座ノ
  • 1416,302,37,73サズ
  • 1293,299,37,81奧〓
  • 1336,295,41,264應永二十一年
  • 1159,300,40,76記ス
  • 1459,295,39,253撰人ヲアラハ
  • 1907,811,51,616編脩地誌備用典籍解題卷之五
  • 1928,2448,41,76九六

類似アイテム