『大日本維新史料 類纂之部』 井伊家史料 5 安政4年1月~同5年2月 p.285

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なり、, を余に告知することあらは、余におゐて感謝に堪へす、, ことゝ知るへし、余是くの如き不幸を避くるかため、江戸に行かんと決定す、これ帝家の高官, は、無智の衆人に少しの騒動を起すことあれはなり、旅行には吾秘書記及ひ二三の使役のミを, 若し別樣に、是くの如き事件を書翰にて所置せんとするは甚不幸の事たるへし、何となれは、, と直に議定せんと欲する志なり、, 余下田に來る後、三五週の後を待つて江都に行くことを閣下に告するを上策なりと決定す、但, これによりて大なる稽緩を起すへし、且兩國の言語各文法を異にすれは、多くの謬解を生する, 閣下此地より江都に行く旅途の好き供給の所置を指揮し、此用意已に整ひたるとき、先つこれ, し軍用フレガツト船に駕して江都に詣らす、緩々と往くを好とすと思へり、若し軍船を乘入れ, るへし、何となれは、是に依て用ゆへきの尤好きは、何の所置なるへきを彼等直ニ察知すれは, 人、躬自ら會同し、十分に心腹を披きて自由ニ互に其所置の諸件を議定するより良策はあらさ, 携ゆへし、, 余か合衆國より日本に來る途中、暹羅の二王と交易の條約を爲せり、今其條約を和蘭語に飜し, 二大國人に拘りたる諸事は、至高貴の官人に其所置を命するを尤良策とす、已に此官に任せる, 軍船二據ラズ, 陸行セン, 江戸二赴キテ, 書翰二テ重大, 老中ト議定セ, 暹羅トノ通商, 、誤解ヲ生ヴ, 事件ヲ処置ヤ, 條約ヲ呈ス, 安政四年九月, 二八五

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  • 軍船二據ラズ
  • 陸行セン
  • 江戸二赴キテ
  • 書翰二テ重大
  • 老中ト議定セ
  • 暹羅トノ通商
  • 、誤解ヲ生ヴ
  • 事件ヲ処置ヤ
  • 條約ヲ呈ス

  • 安政四年九月

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  • 二八五

注記 (26)

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